2017/11/04

GOOD DESIGN AWARD 2017

今年度のグッドデザイン賞の発表があり、デザイン設計監修として携わった「武蔵野クリーンセンター」が受賞の運びとなる。

授賞式が開催され、共同で応募した、武蔵野市、荏原環境プラントの方々と会場に赴く。自分としては、さまざまなフェーズで約7年くらい携わってきて、このようなかたちで成果をみなさんと分かち合えるのは非常に幸福で、感慨深い。おめでとうございます。そして、ありがとうございました。

武蔵野クリーンセンターの全体の整備も後、数年かかります。今後の展開もご期待ください。(TM)

2017/11/03

トロールの森2017

 杉並区の善福寺公園で開催されている屋外アート展『トロールの森2017』に作品を出展しています。
 作品名は「Shout」。
 我々世代にとっては「ティアーズ・フォー・フィアーズ」を連想してしまうが(しないか!)、まったく何も関係ない作品です。
 非常に明快で楽しい(空間?)体感をしていただける作品になっていますので、是非、お近くにお越しの際はご来場ください。
 写真はNHKの取材が入っているところ。関東版の地域情報でとりあげられるとのこと。
 会期は2017/11/3から23日まで開催しています。入場無料ですので、お気軽にどうぞ。(TM)

2017/10/24

“負け犬”の凱旋

 90年代半ばに衝撃的にメジャー・デヴューした時に、どれほどの人が、そのアーティストが20年以上も、音楽シーンの最前線で活躍し続けることになる、と予想できただろうか?
 確かに、今になってみれば、「そう思ってたよ!」と言うのは簡単なことだ。しかし、最初に世に出た曲の名が「Looser」(負け犬)だったことを思い起こせば、そのあたりは、非常に感慨深いものである。
 ニュー・アルバム(これが、また素晴らしいに尽きる)のリリースに合わせて、緊急来日。東京は昨日の武道館と今日の2日のみ。
しかも、今日は新木場スタジオコースト。
 馳せ参じる。。。しかあるまい。
  個人的には久々のライブ・ハウス。ライブの最初から最後まで、テンションはフルスロットルで、多幸感という言葉以外にこの感情を表現できる言葉が見つからない。
 20数年前の負け犬は、時代を切り開くべきキラ星のような存在として凱旋していた。本名はハンセンを姓に持つ男。その名も、“BECK”(TM)
 



2017/10/23

風景の転換

 昨日の台風による長雨で、近くの武蔵関公園の池の水があふれている。なかなか、ささやかに衝撃的だ。知り合いからの情報によると善福寺公園の池もあふれているとのこと。
 池の周囲をぐるっとめぐっている、公園の地盤面より一段低くなっている散策路が完全に水没してしまって、そこにあるベンチが水の中にある。と、いうか、水の中にあたかも浮かんでいるようにみえる。この光景に静かに心が震えてしまう。
 ちょっとしたこと(でも、ないかな。台風だし。。。)で、日常の風景がまったく違ったものに転換している様子は、とても新鮮な感情をもたらしてくれる。平易な表現ではありますが、自然の力を再認識させられるのでありました。(TM)

2017/10/18

課題:ストゥージズの家

 武蔵野大学3年生の後期、設計演習(授業名:設計製図4の第1課題の講評会を開催。この授業は、僕を含め5名の建築家の先生と一緒に運営する、スタジオ制の設計演習。
 水谷スタジオでは例年、第1課題ではスーパースター(ロック・アーティスト)の家シリーズの課題を提示する。もうこれも13年目に突入。非常にコンセプチャルな課題で、学生にとっては非常に難しいと思うけど、頭をグルングルンさせ普段とはまったくちがう脳味噌の使い方をして思い切り頑張って欲しい、と例年思っている。
 今年度はこの9月にジム・ジャームッシュ監督の映画『ギミー・デンジャー』が公開され(全く余談になってしまうが、ほぼ同時にジャームッシュの『パターソン』という映画も公開されており、こちらも素晴らしい作品!)、それを観た衝撃に打ちのめされた(もちろんいい意味で)ということもあり、「ストゥージズ」(イギー・ポップ)(!)とした。おそらく、例年のテーマ以上に、学生は誰も本当に全く知らない課題ネタとなり、独りよがりにアツくなりながら、履修希望者が果たしているのか?と不安に駆られながら授業に臨んでいった。約3週間の短いスパンだが、履修者7名が課題に取り組み、77様のそれぞれ面白い提案が完成した。
 基本的に正解(らしきものも含む)がない課題なので、学生も困惑するが、講評する教員もいつもと違う所に頭をもっていかなければいけないので、講評会はいろいろな先生方の意見が聞けて、こちらとしても面白い。さまざまな技術や技能がどんどん展開していくこの世の中なのだが、最後は手描きのスケッチや絵が、まあまあパワーを持つということを改めて感じさせられれて(もちろん、これは良いと思っている訳だけど)こういうのも大切だよね、と、完全に自己満足(及び、自己弁護(!))しながら講評も無事に終了。   
 さて、課題全文を下記に流します。講評会の翌週は恒例の第1課題の打ち上げ&第2課題決起会@吉祥寺ハモニカ横丁。学生諸君には第2課題も健闘を期待します。(TM)

■課題:「The Stooges のいえ」
 「スーパースターの家」シリーズの第13弾の課題は、「ザ・ストゥージズ」である。 
 「ゴッド・ファーザー・オブ・パンク」と呼ばれ、カリスマ的な人気を誇るロック・アーティスト、イギー・ポップのバンドというのが一般的な認識である。67年初頭にアメリカのミシガン州デトロイト近郊のアナーバーで結成。たった3枚のアルバムを発表して74年に解散。当時、評論家からは「下品で退廃的」と叩かれ、正当な評価を得ることができなかったものの、後の時代に、セックス・ピストルズ、ニルヴァーナー、ソニック・ユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ホワイト・ストライプスなどのロック史上に名を残す名だたるバンドがストゥージズから影響を公言。イギーはストゥージズ解散後にソロ活動を展開するが、2003年に電撃的に再結成、2010年にロックの殿堂入りを果たす。今年、9月現在、映画監督のジム・ジャームッシュによる、ストゥージズを描いたドキュメンタリー長編映画『ギミ―・デンジャー』が日本公開されている。
 オリジナル・メンバーは、イギー(vo) 、ロン・アシュトン( g)、スコット・アシュトン(ds)、デイヴ・アレクザンダー(b)。デヴュ-作『ストゥージズ』(69)はヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルがプロデューサーとして就き、歌詞も音もミニマルなロックミュージックの世界を世に放ち、セカンドの『ファン・ハウス』(70)は一発録りの極致を目指し名曲群をうみ出された。2作とも商業的には惨敗したが、その後デヴィッド・ボウイがミキサーとして参加したサードアルバム『ロー・パワー』(73)をリリースするも、変わらないセールス不振や、過激過ぎるステージパフォーマンス、ドラッグの問題などが相重なり、バンドは一旦自然消滅する。
 時代の趨勢は皮肉なもので、世界に見捨てられたストゥージズなき後、勃発したパンク・ムーヴメント以降、評価が高まりカリスマ的な存在へと移行していく。現在のロック史上においては、この70年代後半のパンク、80年代を中心に栄華を極めるハード・ロック、90年代のオルタナティブ・ロックなどに影響を与え、それらのジャンル各々の原点と評価されるまでになっている。そして、2000年代に入りストゥージズは長い空白期を経て、復活を果たしていく[1]
 もともとこの課題のオリジナルは『わがスーパースターのたちのいえ』[2]というコンペの課題である。今年度は、その『スーパースター』をどうとらえられるかということを、ブルース、サイケデリック、グラム、パンク、ハード・メタル、ファンク、ノイズのどのジャンルにも属さない、史上最強の素行不良のロックバンド、ザ・ストゥージズの存在を冠して考えてもらいたい。
 課題へ取り組む糸口は、数多ある。イギー・ポップというアイコン、自殺行為と紙一重の肉体的ライブ・パフォーマンス、ベルベッド・アンダーグラウンド、デヴィッド・ボウイやJマスキス[3]、或いはジム・ジャームッシュとの相関関係、後世のロックへ与えた影響、デトロイト暴動が起こった60年代後半~現在という時代性、各々のメンバーや楽曲群、歌詞、等など。
 課題は、例年通りの前置になってしまうが、様々な社会性や文化性を持ったバンド(今も一応、現役)、ザ・ストゥージズという音楽グループの住まいを設計することではない。音楽という世界を通して創造をしているストゥージズの拠り所としての概念(→空間)はどのようなかたちで表現することができるのか、時間や空間を超えた構想力豊かな提案を期待している。


[1] 98年に公開された映画『ベルベット・ゴールドマイン』も再結成への一翼を担う。イギーをモデルとした役はユアン・マクレガー演。


[2] 1975年の新建築の住宅設計競技の課題。『わがスーパースターのたちのいえ』。審査委員長は磯崎新。そしてその結果は。。。ほとんどが、海外の提案者が上位をしめた。磯崎はその審査評で「日本の建築教育の惨状を想う」というタイトルで、日本人提案のあまりの硬直化した状況を嘆いている。さらに相田武文が「犯されたい審査員を犯すこともできなかった応募者」という講評をおこなっている。今で言うところの「草食系」である日本人建築家の提案の惨状をみて「磯崎が新建築コンペにとどめを刺した」と評している。


[3] ロックバンド、ダイナソーJr.のフロントマン。ライブへのロン・アッシュトン招聘を契機にストゥージズ再結成へと繋げていく。

2017/10/14

アーチの森2017

  武蔵野大学の学園祭(摩耶祭)(2017/10/1415)が開催される。例年、学園祭の実行委員会より依頼され、正門からアプローチした正面にある噴水広場の近くに、木造仮設建築物(作品名:『アーチの森』)を制作している。設計(デザイン)から施工まで、完全にセルフビルドでおこなうことが大きな特徴である。建築物は、学園祭のシンボルとしてPR機能を果たすことが条件として望まれており、後、制作チームとしては、このつくる建築で来場者の方々に憩い、たたずんで欲しいという思いがある。このプロジェクトも今年度で11年目になった。今年度は340mmを基本モジュールとした合板だけで建築をつくるというのが特徴で、構造体の各所にできる隙間に憩えるというものである。
 制作する学生は、厳然とした締め切り(学園祭初日の朝に建築が建ちあがってなければならないという縛り)があるので、作業後半は物凄いプレッシャーと共に作業をおこなうことになる。今年度は特に台風の襲来でかなりのガッツリとした雨に見舞われ、作業は困難を極めたが、完成した感動は何事にも代え難い、のではないかと思う。学生の皆さんはお疲れさまでした。
 会期中は雨の中、たくさんの方々に来場いただき、思い思いにこの建築にふれて頂きました。ありがとうございました。(TM)

2017/10/05

特論@千葉

 大学院の授業で、実際の建築を観るというプログラムを4回シリーズでおこなっている。ランダムに学生に4つの建築をセレクトしてもらい、その4作品を軸に建築(現代建築)の設計手法を斬っていくという、ある意味かなり乱暴な趣向で展開している。しかし、意外な共通項がみえてきたりと、その意外性が実は真髄にアプローチしていけるのではないか、という妄想を若干抱きながら、今回は千葉県立美術館(設計:大高正人)へ。
 昨年のゼミ旅行で坂出の人工大地をみて衝撃だったが、千葉県美も力強いまさに力作だと思う。展示室が増築可能な仕組みを持たせているような平面計画(正形の4隅が切り落とされており、その先端部が各室のジャンクションになっている)が特徴的。そして、展示室の四隅部に抜けや小さな空間を配していて、外部との連続性を感じられる空間構成が秀逸である。
 当たり前のことだが、実際に建築をみてみないと本当の意味で分からないのだなぁ、と改めて実感。
 ちなみに、後の3建築は、北斎美術館、瑠璃光院、六町ミュージアム、というラインナップ(個人的には、なかなか渋い感じじゃないかと思っている)。さて、どんな考察結果となるか、学生諸君に期待である。(TM)

2017/09/26

ダーティ47

私事で恐縮ですが、不肖、私めが47になりました。家族、先日の水フェスでの卒業生、大学の研究室の学生から、それぞれ祝福をいただく。ありがとうございました。この歳になってくると、嬉しいか?と聞かれれば、もう微妙な感じになってきてしまっているが、まあ、お祝いいただくのは、本当に嬉しいものですよね。
ありがとうございました。
 確実に言い訳できないくらい50の足音が聞こえてきている。
 家族からプレゼントにもらったアップルのAir Podsに興奮。あまりこの種の機器類には関心がない方だが、さすがに音楽を愛する身にとっては、これはワクワクもの。
まあ、それはさておき、また更に精進いたします。(TM)


2017/09/23

今シーズン最後の。。

おそらく、今シーズン最後の野球観戦。西武球場での我がバッファローズの最終戦のシリーズの中日に出かける。今シーズンも、例年通りというか、かなり早い段階でBクラスが決定的になってしまったので、個人的には早々と終わってしまっているが、まあ、そこは仕方がない。どうやら4位で終わりそうな気配なので、来年こそはAクラス、といきたいところ。
 試合は、バファローズ新人の山岡の粘投も報われず完敗。そこはかとない寂しさを感じながら、試合終了後の球団からのサービス企画で、グラウンドまで降りてみる。やはり、グラウンドから眺める景色は最高だ。
 毎年思うが、この野球(観戦)にかける時間を、他のことに費やすと、もっと新たな成果があげられるのかもしれないのだが。まあ、それはそれも含めてのマイ・ライフ、ということで、自らを納得させることにする。合掌。(TM)

2017/09/22

『コレクション+アートの秘密』展


アーツ前橋へ赴き、丁度開催中だった『コレクション+アートの秘密』展を観る。http://www.artsmaebashi.jp/?p=9118
 コレクション展が1階のギャラリー1で開催されており、一昨年前に『ここに棲む』展で出展をさせて頂いた作品を、少しアレンジを変えて今回の展覧会に展示していただいている。
 展覧会全体には派手さはないが、地域に立脚した視点で展示構成されていて、個人的には非常に見ごたえがあると感じた。
 地下のギャラリー2でも来館者がインタラクティブに関われる作品があり、建築空間の特性を活かして(来館者の動きが、上部のヴォイドや壁の開口から垣間見えるようになっている)いると思う。
 もう会期が終了間際ですが、近くにお越しの際は立ち寄ってみてください。(TM)

2017/09/20

ニューロマンティック再来

 武道館へ。80年代を洋楽ロックで過ごした人々には好き嫌いはあるものの、ある意味、誰もが通過する存在があった。当時は、非常にアイドル的な存在で、男子としてはファンを公言するにはかなり恥ずかしい感じ満載だった。僕は87年に来日した時に、今は無き、阪急西宮球場に高校の同級生とライブ観戦に行った記憶が蘇る。そして、このバンドが40年近くも継続して活動をしているとは当時は誰もが思わなかっただろう。しかし、同時代の大多数のバンドはほぼ解散をしてしまった中(一線で残っているバンドはU2くらいか)、いまだ健在なのは改めて素晴らしいことだと思う。
 さて、ライブはナイル・ロジャースのシックが前座につくという、顎が外れそうな構成。ナイル・ロジャースのライブは賛否両論ある(シックの楽曲はほとんど演らずに、プロデュースしたヒット曲のオンパレード)かもしれないが、個人的には非常に盛り上がった。「レッツ・ダンス」(デヴィッド・ボウイ)と「ゲット・ラッキー」(ダフトパンク)は会場がえらい騒ぎになっていた。
 そして、本編。まずは、全然変わってないスタイル(容姿の方)に改めて小さな衝撃。そして、衰えないヴォーカル、及びライブ・パフォーマンス振り。
 セットリストは、最大のヒット曲を演らなかったり、日本で大人気のあの曲を演らなかったり、と不満はあるかもしれないが、それも新作がちゃんとあり、いまだ現役バリバリということの表現ということで許してあげよう。
 ライブ全編、及びライブ後の余韻も非常に楽しめるライブでした。メンバークレジットにオリジナルメンバーのギターリストはいない。しかし、問題ない。
 ロジャー・テイラー(Ds)、ジョン・テイラー(B)、サイモン・ルボン(Vo)、ニック・ローズ(Key)。そのバンドの名はデュラン・デュラン。(TM)

2017/09/17

水フェス2017

 武蔵野大学水谷研究室の10周年を記念して、2年前に卒業生が主催して会が開催された。通称『水フェス』。その会を踏まえ、これからは毎年開催しよう!ということになり(半ば強引に(笑))、毎年恒例になった、武蔵野大学水谷研究室のパーティ。
 3期生のナツミをはじめとした4名の幹事が中心になって、今年も無事開催する運びとなった。台風が近づく雨という天候の中、30数名が集まってくれた。研究室卒業生のみなさん、ありがとうございました。今年は、6期生と9期生が残念ながら出席者がいなかったが、また来年以降ぜひ参加してもらいたい。後、特別ゲストで建築家の大塚聡さんにもお越しいただいた。大塚先生、ありがとうございます。
 会の中では、現役生の研究室活動報告があり、その後、誕生日(ちょっと早いけど)お祝いいただくというセレモニーもしていただく。重ね重ね、ありがとうございました。
 2次会も大勢がそのまま流れて、さまざまな話に盛り上がる。何となく、女性陣がパワフルで元気なような気がする(まあ、現役時代もそうだったが)。
 3期生以上は30歳の大台を過ぎていく年代に突入しており、またもや時の流れを感じるばかり。卒業生の活躍を期待しつつ、またもや吉祥寺において、吉祥寺の夜に乾杯、な1日でした。(TM)


2017/09/16

とんぼとのりしろ展

有明に出たついでにちょっと時間ができたので、上野まで足を伸ばして東京都美術館で開催している杉戸洋の『とんぼとのりしろ』展へ。来館者は丁度同時開催のボストン美術館展へ行く人が多いが、その列を横目にみながら展示会場へ。
 なかなか見に行く機会がなかったが、初めての杉戸洋作品を観る。いわゆる、普通の作品展示というかたちをとらずに、展示場所と作品を密に関連させながらその場所(会場)全体をつくりあげていく展示が大きな特徴で、そのあたりがやはり建築をやっている身にとっては非常にワクワクするところである。
 今回は東京都美術館が展示場所ということもあり、いわゆるホワイトキューブではない展示室は、杉戸洋の作品に非常にフィットしており見ごたえがある。作品としては、タイルを素材として、段々に巨大な壁面状に構成された「module」(コルビジェのモジュロールを意識していると思われる(多分))というインスタレーションが最大の見所。後で図録をみると大原三千院の「虹の間」がモチーフの源流になっているようで、そのあたりも「ほう」と思いながらいろいろと考えさせられる。会場に作品説明は全くなく、杉戸洋本人がスケッチとして描いた展示会場プランを手渡されそれを観ながら巡るというかたちも面白い。本当にいろいろと思いを巡らせながら、その場所を楽しむという、展覧会のタイトルのとおり「のりしろ」が広がっている感じが、観る側にもとても元気を与えてくれている。(TM)

2017/09/15

時の流れを感じつつ@武蔵野→吉祥寺

 9月は行事が目白押しでバタバタ。ブログもなかなか更新できない。遅ればせながら順次アップします。
さて、先週、武蔵野クリーンセンターの見学会を開催。今回は、久しぶりに会う方々と。武蔵野大学の設計演習では他大学の院生に授業サポートに来てもらっているが、偶然が色々と重なり、かれこれ10年くらい前に授業を担当して頂いていた各年代の方々3名(組)(そしてお互いは初対面)にお越しいただく。僕としてもみなさんそれぞれとは10年振りくらいなので懐かしい限り。
 いや、時の流れるのは早いです。本当に。見学会も無事終わり、吉祥寺に出てタイ料理屋で打ち上げ(?、再会の宴??)。非常勤でお世話になっている建築家の大塚聡さんも合流。まさに10年越しの四方山話で盛り上がる。偶然にも、今日参加いただいた方々はみなさん独立されていて(&結婚もされていて)、なかなか厳しいこのご時世であるが若い世代は頼もしい限りと、こっちも元気が出てくる。まさに吉祥寺の夜に乾杯、な1日でした。(TM

2017/09/14

『リバー』再び

 ちょっと、まったくどうでもいい小話。
 本ブログ2017/7/17の時に書いた話の後日談である。
 村上春樹の新作『騎士団長殺し』の中でブルース・スプリングスティーンのアルバム『リバー』に関する記述があり、そこが印象的だったということを書いた。
 残念ながら、『リバー』はCDしか持っていないのだが、『騎士団長殺し』の中ではアナログLPでないと意味がない、というような内容でストーリが進んでいく。
 そんな折、先日、ふらっとレコード屋へいった時に、何とLP盤の『リバー』を発見!
 一瞬躊躇したが(何と言ってもCDでは持っているので)、流れに身を任せてLP盤を購入。これを聴きながら、あらためて『騎士団長殺し』を読んでみる。やはり読み心地が若干違う。。気がする。。。まあ、「そう思わないと、やってられない」というお話。そもそも、「買わなけりゃいいじゃない!」という話もあるが、まあ、それは「それを言っちゃあ、おしめぇよ~。」(by寅さん)ということにしておきましょう。(TM)

2017/09/07

街の風景ということ

 写真のデータを整理していて、新橋駅前にある「ニュー新橋ビル」の写真をみつける。
 先々月新橋で会合した際、ちょっと早く着いたので、立ち寄ってみた次第。建物の前(外部)はよく通っていたが、建物内に入るのは何と初めてだった。建物内は、やはり特異な感じがする。特段に何か特別な設計をしている訳ではないと思うのだが(ちなみに設計は松田平田設計)、この雰囲気は何故現れるのだろうと不思議になる。平日の夕刻だったが、非常にたくさんの人々で賑わっており、人々の集まっている、というか群れている様子が何故か昭和的に雰囲気に感じられてしまう。
 この建物も再開発の事業計画があり、あと5年程すれば解体されてしまう。ずっとある街の風景がなくなることを考えさせられる新橋の夜。(TM)

2017/08/24

漂白する想像力展

 所用で品川へ。少し空き時間ができたので御殿山まで足を延ばして久しぶりに原美術館へ。「アートスコープ-漂白する想像力展」が開催中。
 原美術館は住宅を美術館としてコンバージョンした先駆的な施設なのだが、展示によって美術館の空間自体がまったく変化、転換してしまう所が、非常に魅力的で(そこが、いわゆるホワイトキューブの展示室とは一味も二味も違う魅力を創りだす)、いつもそこをワクワク感を滲ませながら、楽しんでしまう。
 特に今回の展示は、建物の開口部をほとんど塞いでいないので、往時の住宅としての姿が感じられる構成になっている。作品自体の面白さもあるが、空間と連動した体験ができる。
 ここにも時間の蓄積を感じるのでありました。(TM)

2017/08/15

時間とズレ

 お盆は例年通り実家の神戸へ帰省をする。例年通り、近くの舞子の浜をおとずれる。
 一応、神戸の西方面では名勝として知られている所で、関西ではお隣の須磨の海水浴場が超有名な訳だが、実は舞子の方が美しい。昔から変わらず見える淡路島と、新しく(といっても、既に20年くらい経つが。。)できた明石大橋(密かに世界最長の吊り橋だったりする)をあわせて観るハイブリッドな景観が、時間の蓄積というか、ズレみたいなことを感じることができて、何となく面白い。
 さて、815日は終戦記念日。甲子園の高校野球でも正午に試合が一度中断して、黙祷を捧げるのが恒例になっており、毎年、戦争と戦後の時間というものを感じることになる。
 今年は、何故か天候不良が予想されたため早朝に試合の中止が発表された。しかし神戸では(おそらく甲子園も)雨はまったく降らなかった。知らず知らずのうちに、様々な曲面で政治的な圧力が見え隠れしてきている世の中(一連の報道規制や、最近では灘高の教科書の話とか、、)ちょっと不吉な感覚を覚えるが、これは、まあ、個人的な思い込みに過ぎないだろう。。。と信じたい。あるべきものがないことにより、時間のズレというものが余計に強調されるのだなぁ、と静かに感じる舞子の浜。(TM)

2017/08/08

聖性の考古学展

 久しぶりに東京の都心に出る所用があり、少し時間があったので弾丸で「聖性の考古学-遠藤利克展」埼玉県立近代美術館へ。
 なかなか実作を観る機会ができなかったので是非とも観たかったのだが、さすがにひとつひとつの作品のスケールと質感(或いは量感)が圧倒的で、実物を観ることの意義を感じさせる。美術館内での作品展示だが、ある意味プリミティヴな空間体感ができる展示になっている所が素晴らしい。あまりにも月並みな表現かもしれないが、世界は広く、奥が深いと感じさせられる。(TM)

2017/08/02

設計演習前期講評会2017

 武蔵野大学、3年生の建築設計演習(授業名:設計製図3)の第2課題の発表会。3年生にとっては前期最後の総決算となる。課題はキャンパス内の「新しい図書館」をつくる、というもの。提出作品の中から20名弱を選んで講評をおこなった。
 全体的な感じとしては、今年は個人的には非常に楽しめた。ここ数年学生の作品はおとなしくなっていると感じていて、第1課題(集合住宅)の作品の出来も同じ空気感がしていたのだが、後半は図書館の課題になり、前半の住宅という既成概念にまとわりつかれている感じから俄然解放されている!、と思えた。
 今年から、履修学生の数が増えたこともあり、指導教員に藤野高志さんと松島潤平さんに加わっていただいた、ということもいいかたちで表れているのかもしれない。ただ、プレゼン(発表)はイマイチ学生のドライブ感がなく(徹夜で疲れてるから仕方ないのだろうけど)、そのあたりは課題だよなぁ、と思ってしまう。
 講評会後の打ち上げには多くの学生が参加し、学生が一様の開放感に包まれて、こっちもほっと一安心。3年生は後期に向けて、また夏休みはステップアップして欲しい。
 打ち上げ会場である吉祥寺の場末の居酒屋を出た所で、授業をサポートしてくれている学科の職員スタッフとパシャリ。スタッフのみなさんもお疲れさまでした。(TM)

2017/08/01

イデアとメタファーと


 村上春樹の新作長編、『騎士団長殺し』を読む。それほど自分としては前面に押し出している訳ではないが、村上春樹ファンを自負している身としては、新作の発表(しかも長編)は興奮以外の何物でもない。一気に読んでしまいたいところをグッと押さえつつ、極力じっくりと読む。『騎士団長殺し』、個人的にはなかなか良いと思う。いつも感じるが、作品のストラクチャーがしっかりとしていて、更にディテールの構成の妙(ズレのようなもの)が、村上春樹の世界の最大の魅力だと思う。本作は、それが非常に分かりやすい。後、一応今の所、2部(2巻)構成になっているが、3部(以降)があっても全然不思議でない感じも満々である。
 さて、村上春樹の作品となると、話中にさまざまな音楽が挿し込まれるのも楽しみの一つだが(今回は、もちろんモーツアルトの『ドン・ジョバンニ』とシュトラウス(リヒャルトの方)の『薔薇の騎士』が大きな位置を占めている)、物語の終盤で、主人公がブルース・スプリングスティーンのアルバム『リバー』を聴くシーンが個人的には非常に心に残る。思わず読みながら、棚からCDを出してきて聴いてしまった。そして、読み進めていくと、「CDでなくアナログLPで聴くべし」という内容が書かれていたので、少し申し訳ない気分になる。LPで持っている中で一番時代的に近そうなのが、『Born To Run(明日なき暴走)』なので、それを聴くことにする(まあ、音楽的にはちょっと(というか大分)違うものだけど、ブルース・ブルーススプリングスティーンのスピリッツは感じることができる)。こういう感じが至福の時だ。最近、軟弱にも、カルヴィン・ハリスの新譜なぞを聴いていたが、反省するばかりである。
 文中、内容が少し曖昧だが(アルバム『リバー』を聴くときのくだりである、念のため。)、「A面最後の『インディペンス・デイ』を聴き終わり、レコードを裏返して、B面一発目の『ハングリー・ハート』を聴く一連の行為は、そうあるべきで、それ以外のことは考えられない」というような文章があり、深くうなづく。
あまりに、その通りやで、と納得するしかない。本を広げながら、やや呆然と「ドライブ・オール・ナイト」(『リバー』より)を聴く。合掌。(TM)

2017/07/31

卒業設計作品集

 雑誌『近代建築』の別冊で、昨年度の卒業設計作品特集号が発行され送られてくる。毎年恒例で刊行されており、全国の各大学の卒業設計作品が掲載(大学の推薦による)されている。
 武蔵野大学では最優秀作品を掲載する流れになっており、昨年度は水谷研11期生のミスズが見事最優秀、という訳で掲載されている。頁内に推薦者の言葉として、推薦文を寄稿している次第。関係者以外は(多分)読まないと思うので、以下に流します。と、言っているうちに今年度の前期は終わりかけてきているのである。時間の経過は本当に早い。(TM)

■推薦の言葉
“いつか死ぬ。いつか絶対死ぬ。死んだ後も名を残すなんて。欲のかきすぎだ。”は、ロック・バンド、真心ブラザースの代表作『人間はもう終わりだ』のサビの有名な一節だ。高橋美鈴さんのこの作品をみて、真心のこの曲をどうしても連想してしまった。敷地は近傍に広大に広がる住宅地を両サイドに睨みながら、小高くそびえるふたつの連なる丘陵地を選定している。この2つの丘を結ぶかたちで、森の中、道なき道をつくるように葬祭場を設計する提案である。設計の手法としては、大きさ6004,000mmのさまざまな大きさの立方体のヴォリューム(実はこのオブジェクトが墓標となっている)が散策道のように緩やかに蛇行しながら、ランダムに連続するというシンプルな設計手法で構成されている。全国の卒業設計で評価されがちな、キャッチーなコンセプト&ルックが目を引く表現の類の作品(それはそれで良いとは思うのだけど、、、)ではない。学内の審査会でも、立体ヴォリュームのスケール感や長大な地下空間の必要性等に関して議論が噴出(「大き過ぎる」、「要らない」、等)したが、「住宅地という『生』を背景として、人間に必ず訪れる時間(『死』)を絶えず(そして静かに)訴えかける場所はとても大切だ。」という本人自身の思いが力強く表現されているところが最終的に評価された。近年見られる、優等生的な“社会的正義をバックにした解決策型”の案にはめ込めずに、自分の目指すべき姿を実直に追及することの美しさが心を打つ作品だ。まさに「死んだ後も名を残すなんて、欲のかきすぎだ」、と訴えているかのように。合掌。
(水谷俊博/武蔵野大学)

2017/07/26

卒業研究発表会2017

武蔵野大学4年生の卒業研究の発表会。4年生にとっては前期の集大成となる。50名弱の全ての学生の発表会なので、かなりの長丁場になる。
 今年は朝9時スタートで、終了したのは夕刻前。そこから審査、及び再提出者の発表までかかる。学生諸君はお疲れさまでした。学生も大変だが、こっちもかなりクタクタになる。
 水谷研究室は総勢9名。再提出の試練が待ち受けている。頑張って最後まで頑張りましょう。それにしても、年々、学生の日本語力(文章を書く力)が低下しているような気がして、その点をチェックすることにかなりのエネルギーを費やしている事実を痛感する。世間は「グローバル化」を声高に提唱している訳だが、「その前にすべきことあるんちゃうの。。」、というのが正直なところ。学生へのアドバイスとしては、「なんでもいいから長編小説を読みなさい!」ということなのであるが、夏休みの宿題に読書感想文を課そうかなぁ(笑)、と半笑いでありながら、半分マジに考えてみるのでありました。
 吉祥寺の居酒屋で打ち上げ。
 ある意味、学生生活最後の学術論文の制作もこれで一段落。今後の糧にして欲しい。さて、後期の卒業設計&論文への展開が楽しみだ。(TM)

2017/07/22

トリノへ思いを馳せながら

 だいぶ以前にイタリアのトリノに関して文章を書く機会があり(世界各国の都市を紹介する書籍の企画で、その中のほんの一部分の項目を執筆させていただいた)、その企画が立ち消えそうになっていた模様だが、また再び動き出しそうだ、という案内(一報)があった。実はトリノは学生時代に一時期暮らしていた、ということで自分にとっては本当に思い入れのある都市である。
イタリアは日本人にとっては観光地として圧倒的に人気があるスポットな訳だが、なぜか、トリノに行く日本人はほぼ皆無で、おそらく日本人にとってはイタリアの都市の中では印象がとても薄い(冬季オリンピックがあったのと、フィアットのお膝元、そしてユベントスの本拠地、というイメージくらいかなぁ)都市な訳である。が、実は、イタリアではローマに次ぐバロック都市で、そういう訳でとても素晴らしく圧倒的に美しい都市だということはあまり認知されていない。はっきり言って、ミラノなんかつまらない大都市で、電車で1時間くらい離れたトリノの方が文化的にも芳醇な都市だと思えてしまう。
 後、デ・キリコの絵はトリノの都市像がベースだということも知る人ぞ知る事実である。その都市紹介の本では、トリノの都市としての起源から、そのデ・キリコくらいまでの時代背景と都市の変遷プロセスを紹介しながら、トリノの不思議な魅力に関して考察しているので、今後うまく企画が進めば改めてこのブログでも紹介します。
 さて、トリノに学生時代、一時期暮らしていた訳だが、日本に帰国する際に、現地で交流のできた学生達(トリノ工科大学の)からお土産としてTシャツをプレゼントしてもらった。イタリアの偉大な俳優、トト(アントニオ・デ・クルティス)をモチーフにしたデザインのもので、想い出の品、ということで大切に着続けていた。かれこれ25年!さすがに、かなりヨレヨレになってしまい、さすがにもう着れないかなぁ、という感じになってしまったので、断腸の思いで処分することに。丁度、トリノに関して執筆した企画の動きと重なったために、感じ入ってしまう。
 実は、そのトリノに行って(暮らして)以来、イタリアの地に足を下ろしていない(当時はいつでも行けると思っていたのに!)。
 いやはや。そろそろイタリア、そしてトリノに猛烈に行きたくなってきた。そう、25年ぶりに。時はあまりに早く流れる。(TM)

2017/07/08

環は閉じているか?

 子供たちの夏の納涼会があり、景品で発光ブレスレットのおもちゃを持って帰ってきた。子供たちが眠りについた後、何気なくそれをイジっていると、分解して連結できることが分かり大きな輪にしてみた。意外に幻想的に綺麗で、若干ウットリする。大きな輪が閉じている感じがいい。
 それにしても、非常に抽象的な話だが、若いころは輪が閉じていると「いい!」と思っていたような気がするが、年月を経てみると輪(環?かな??)は閉じてない方が、何となく心地よくなってきた。漠然と。。。
というような気持で、明日は都議会選挙。この盛り上がらない気分は何なんだ!と思いながら。やはり環は閉じてない方がいいような。。。と、オチも何もない話ですみません。はい。(TM)

2017/07/02

太田市美術館図書館

 先日の武蔵野クリーンセンターに引き続き、布野修司先生にお誘いを受けて(本ブログ2017/6/16を参照ください)、太田市美術館・図書館の見学会に参加する(ちなみに雑誌『新建築』の同じ号(20175月号)に武蔵野クリーンセンターも掲載されているので、勝手ながら縁を感じているのであります)。週末ということもあり、無理を言って、子供(家族)連れで参加という運びに。
 設計者の平田晃久さんは大学の同級生で、大学を卒業して以来の対面。スタッフの方を含め、施設内を丁寧に案内していただく。本当に、ありがとうございました。
 雑誌で見ていたよりも施設の様子は圧倒的によくて、図書館の空間が文字通り螺旋をえがくように連続していくなかで、さまざまな居場所や抜けが生まれていて、施設全体が丘の中にいるような感覚を生じさせているように思えた。子供たちも走り回っていて、純粋に楽しめる空間なんだ、と改めて実感する。参加者のみなさんとも交流ができ充実した見学会。前橋と同様、太田もおそらく市街地の衰退の雰囲気が感じられ、地方都市の再生ということに対して、建築がどのような役割を果たせるか、というテーマを改めて考えさせられた。(TM)

2017/06/24

水の三部作展

移動の途中にポッと時間の空白ができる。場所は、銀座。
という訳で(ってどういう訳で?、ってつっこまないでくださいね)、銀座メゾンエルメスへちょっと立ち寄る。
アブラハム・クルズヴィエイガス(不勉強ながら初めて知る)の展示を開催中。メゾンエルメスはモダンアート専門の展示ギャラリー(展示スペースそのものの設定および構成がそうなので)ということで、いつも階下のエルメスのブティックとはまったく正反対の雰囲気(ここでは、モダンアートのザックバラン過ぎる作品のテイストのことを指してます)を醸し出しているのが、非常にエキセントリックな感じがして心地よい。
しかも別動線でアプローチするという設定ではないので、展示(無料)を観たい人は、店の中を通ってアクセスしなければ行けないので、その何となく申し訳なさ気な感じを漂わせながら革張りのエレベーターへとシズシズと向かい、階上の展示スペースへ到達する一連のシークエンスの体感が、むずむず感があり、そこはかとなく面白いのである。銀座のホッと一息な一時でありました。(TM)

2017/06/20

恋する演劇2017

ちょっと(1週間ほど)前の話。
武蔵野大学で木工演習の授業をしているのだが、その授業内で何故か毎年、グループに分かれて小演劇をおこなうことを課題の一つとしている。何故、木工の授業で演劇なのか?という、最大にして唯一の謎は相変わらず厳然と横たわっているのだが、もう毎年恒例になってしまったので、学生たちも当然の如くこの課題に取り組むようになっている。本日がその2017年度の開催(開演?)日。授業時間内にキャンパスに戻って来れる範囲であれば演じる場所は自由に設定できるので、教室外でほとんどの演目がおこなわれることになる。
今年は3グループによる公演。天候はあいにくの雨だったため、思い切ったパフォーマンスができ切れない感じは漂っていたが、各グループとも、様々な趣向が凝らせており面白い。シーンの展開が面白いグループ、ストーリー性を重視したグループ、場所を限定して参加型にするグループと、3つのグループそれぞれの面白さは表現できていた。今年は雨の中だったせいか、テーマが重めに感じた。それとも、これはある意味、どうしようもない閉塞感が何となく漂っているご時世(そうなのだ。就職状況がいいのにもかかわらず学生の間にはなんとなくそんな雰囲気が漂っている。いや、気のせいかもしれないが。。)の反映なのか。。。うむ。
演劇なので、雨なんか気にせず、爆裂するくらいのエネルギーを発散させてもいいんじゃないかと、観てる側からは勝手に思ってしまう 。いや、本当に勝手な意見ですみません。で、後期もやってみようかな!、とこれまた勝手に思うのでありました。(TM)
 

2017/06/18

起工式へ


 事業者選定の審査委員として携わった、町田市の熱回収施設(仮設)の起工式が開催されたので赴く。ごみに関しては我々が生活していく限りにおいて必要不可欠な施設であり、今後の施設の在り方というのは多様な視点から考えていくことが非常に大切だと改めて感じる。今後もいいかたちで施設整備がおこなわれることを期待したい。(TM)