2017/10/18

課題:ストゥージズの家

 武蔵野大学3年生の後期、設計演習(授業名:設計製図4の第1課題の講評会を開催。この授業は、僕を含め5名の建築家の先生と一緒に運営する、スタジオ制の設計演習。
 水谷スタジオでは例年、第1課題ではスーパースター(ロック・アーティスト)の家シリーズの課題を提示する。もうこれも13年目に突入。非常にコンセプチャルな課題で、学生にとっては非常に難しいと思うけど、頭をグルングルンさせ普段とはまったくちがう脳味噌の使い方をして思い切り頑張って欲しい、と例年思っている。
 今年度はこの9月にジム・ジャームッシュ監督の映画『ギミー・デンジャー』が公開され(全く余談になってしまうが、ほぼ同時にジャームッシュの『パターソン』という映画も公開されており、こちらも素晴らしい作品!)、それを観た衝撃に打ちのめされた(もちろんいい意味で)ということもあり、「ストゥージズ」(イギー・ポップ)(!)とした。おそらく、例年のテーマ以上に、学生は誰も本当に全く知らない課題ネタとなり、独りよがりにアツくなりながら、履修希望者が果たしているのか?と不安に駆られながら授業に臨んでいった。約3週間の短いスパンだが、履修者7名が課題に取り組み、77様のそれぞれ面白い提案が完成した。
 基本的に正解(らしきものも含む)がない課題なので、学生も困惑するが、講評する教員もいつもと違う所に頭をもっていかなければいけないので、講評会はいろいろな先生方の意見が聞けて、こちらとしても面白い。さまざまな技術や技能がどんどん展開していくこの世の中なのだが、最後は手描きのスケッチや絵が、まあまあパワーを持つということを改めて感じさせられれて(もちろん、これは良いと思っている訳だけど)こういうのも大切だよね、と、完全に自己満足(及び、自己弁護(!))しながら講評も無事に終了。   
 さて、課題全文を下記に流します。講評会の翌週は恒例の第1課題の打ち上げ&第2課題決起会@吉祥寺ハモニカ横丁。学生諸君には第2課題も健闘を期待します。(TM)

■課題:「The Stooges のいえ」
 「スーパースターの家」シリーズの第13弾の課題は、「ザ・ストゥージズ」である。 
 「ゴッド・ファーザー・オブ・パンク」と呼ばれ、カリスマ的な人気を誇るロック・アーティスト、イギー・ポップのバンドというのが一般的な認識である。67年初頭にアメリカのミシガン州デトロイト近郊のアナーバーで結成。たった3枚のアルバムを発表して74年に解散。当時、評論家からは「下品で退廃的」と叩かれ、正当な評価を得ることができなかったものの、後の時代に、セックス・ピストルズ、ニルヴァーナー、ソニック・ユース、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ホワイト・ストライプスなどのロック史上に名を残す名だたるバンドがストゥージズから影響を公言。イギーはストゥージズ解散後にソロ活動を展開するが、2003年に電撃的に再結成、2010年にロックの殿堂入りを果たす。今年、9月現在、映画監督のジム・ジャームッシュによる、ストゥージズを描いたドキュメンタリー長編映画『ギミ―・デンジャー』が日本公開されている。
 オリジナル・メンバーは、イギー(vo) 、ロン・アシュトン( g)、スコット・アシュトン(ds)、デイヴ・アレクザンダー(b)。デヴュ-作『ストゥージズ』(69)はヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケイルがプロデューサーとして就き、歌詞も音もミニマルなロックミュージックの世界を世に放ち、セカンドの『ファン・ハウス』(70)は一発録りの極致を目指し名曲群をうみ出された。2作とも商業的には惨敗したが、その後デヴィッド・ボウイがミキサーとして参加したサードアルバム『ロー・パワー』(73)をリリースするも、変わらないセールス不振や、過激過ぎるステージパフォーマンス、ドラッグの問題などが相重なり、バンドは一旦自然消滅する。
 時代の趨勢は皮肉なもので、世界に見捨てられたストゥージズなき後、勃発したパンク・ムーヴメント以降、評価が高まりカリスマ的な存在へと移行していく。現在のロック史上においては、この70年代後半のパンク、80年代を中心に栄華を極めるハード・ロック、90年代のオルタナティブ・ロックなどに影響を与え、それらのジャンル各々の原点と評価されるまでになっている。そして、2000年代に入りストゥージズは長い空白期を経て、復活を果たしていく[1]
 もともとこの課題のオリジナルは『わがスーパースターのたちのいえ』[2]というコンペの課題である。今年度は、その『スーパースター』をどうとらえられるかということを、ブルース、サイケデリック、グラム、パンク、ハード・メタル、ファンク、ノイズのどのジャンルにも属さない、史上最強の素行不良のロックバンド、ザ・ストゥージズの存在を冠して考えてもらいたい。
 課題へ取り組む糸口は、数多ある。イギー・ポップというアイコン、自殺行為と紙一重の肉体的ライブ・パフォーマンス、ベルベッド・アンダーグラウンド、デヴィッド・ボウイやJマスキス[3]、或いはジム・ジャームッシュとの相関関係、後世のロックへ与えた影響、デトロイト暴動が起こった60年代後半~現在という時代性、各々のメンバーや楽曲群、歌詞、等など。
 課題は、例年通りの前置になってしまうが、様々な社会性や文化性を持ったバンド(今も一応、現役)、ザ・ストゥージズという音楽グループの住まいを設計することではない。音楽という世界を通して創造をしているストゥージズの拠り所としての概念(→空間)はどのようなかたちで表現することができるのか、時間や空間を超えた構想力豊かな提案を期待している。


[1] 98年に公開された映画『ベルベット・ゴールドマイン』も再結成への一翼を担う。イギーをモデルとした役はユアン・マクレガー演。


[2] 1975年の新建築の住宅設計競技の課題。『わがスーパースターのたちのいえ』。審査委員長は磯崎新。そしてその結果は。。。ほとんどが、海外の提案者が上位をしめた。磯崎はその審査評で「日本の建築教育の惨状を想う」というタイトルで、日本人提案のあまりの硬直化した状況を嘆いている。さらに相田武文が「犯されたい審査員を犯すこともできなかった応募者」という講評をおこなっている。今で言うところの「草食系」である日本人建築家の提案の惨状をみて「磯崎が新建築コンペにとどめを刺した」と評している。


[3] ロックバンド、ダイナソーJr.のフロントマン。ライブへのロン・アッシュトン招聘を契機にストゥージズ再結成へと繋げていく。