2016/12/31

Look Back 2016 ゆく年来る年

さて今年も関西に帰っての大晦日、元旦を迎える。
まったく個人的なマイニュース2016を最後に振り返ってみる。
今年もいろいろ盛りだくさんな1年だった。みなさん、ありがとうございました。
マイ・ニュース、ベスト3をあげるとこんな感じ。


 1.長女、縄跳びをひとりで飛ぶ。長男、喋り始める。


 2.武蔵野クリーンセンターの第1段階が間もなく完了。


 3.トロールの森2016に大学研究室で出展


以上です。
みなさん、よいお年を。新年は6日からスタートします。(TM)

2016/12/30

Look Back 2016 その2

  昨日に引き続き、全く個人的なマイ・ベスト2016。今日は音楽編。今年は音楽メディアの購入は例年に比べて断然少なめ。理由は昨年同様はっきりしていて、アナログレコードの置場が家になくなってきて、なかなかドッチャリと購入できなくなってきた、という物理的な課題があるのです。
 という訳ですが、今年は数えてみると53枚のレコード&CDを購入。相変わらずアナログレコードとCDを並行して購入している。世間的にはCDの売り上げが壊滅的なのに加速度がついてるらしく、ますます「どうなっていくのやら」という感じ。ネット配信しかしないアーティストも増えてきているので、カニエ・ウエスト、フランク・オーシャン、チャンス・ザ・ラッパーの新譜は聴けていない(ラジオの音源だけ)!そこは、ちょっと残念。 
 さて、2016年のマイ・ベストを選んでみる。
 実は輸入盤2枚ほどアナログレコードを注文中で、まだ届いていない。それはNick Cave&BadSeedsの『Skelton Tree』とMitskiの『Puberty2』。現在、おそらく船便で輸送中。ので、残念ながら入れていない。が、もしかしたらランキングに入っていたかも、という感は否めない。
さて、順番はこんな感じかな。

 1位:『Teens Of Denial/ Car Seat Headrest
  2位:『Bang Zoom Crazy Hello/Cheap Trick
  3位:『Revolution Radio/Green Day
  4位:『This House Is Not For Sale/Bon Jovi
  5位:『Schmilco/Wilco
  5位:『Darkness and Light/John Legend

 今年も決め所がなく本当に迷った。正直1位~3位はどれが上でも問題ないが、カー・シート・ヘッドレストが日本ではあまり話題になってなかったような気がして、若いパワーに一票入れてみた、といった感じ。最近、ヒップホップ系の新星ばかりが評価されるが、ギター、ギンギンのバンドを絶大に評価したいところに新星が現れた。王道かつ繊細なヒネリが効いた傑作だと思う。11分を超える「The Ballad Of The Costa Concordia」は圧巻でまさに現代版ボブ・ディラン(ちょっと言い過ぎ(笑)?!)。ウィル・トレドは今後が本当に楽しみだ。2位はチープ・トリックに(ちなみに本ブログの2016/4/2でも少し触れていますので参考までに)。個人的には一番好きなバンドという贔屓分を差し引いても、やはり新譜は素晴らしいと思う。これもあまり巷では評価されていないが、アメリカン・ロック魂は健在だ。合掌。3位は、各方面で評価が高かったグリーン・デイ。「Still Breezing」は「マジ泣ける!」といった感じ。一時、ビリー・ジョーが薬物依存でダメかもと言われていたので、見事な復活劇に涙。4位はボン・ジョビに一票。日本では(海外でもかな?)ボン・ジョビを褒めると馬鹿にされる傾向にあるが、良いものは良い、と言いたい。リッチー・サンボラ脱退後の初アルバムという意味でも意味深い。タイトル曲の歌詞「この心、この魂、この家(バンドのメタファーとしての)は、売り物じゃない!」は涙なくしては聴けない。5位はウィルコの新譜。地味なアルバムだが個人的には久々のウィルコの良作で(ここ何作かは個人的には今一つだったので)うれしい限り。もう1作品、年末のこの時期にリリースされたジョン・レジェンドの新譜もいい。特にチャンス・ザ・ラッパーをヒューチャーした「ペントハウス・フロア」はカッコ良いの一言に尽きるリズム隊がクリスデイブ(dr)とピノパラディーノ(b)プロデュースがブレイクミルズという黄金トリオなの圧倒的
 ここには挙げなかったが、Pastacas というクループの『Pohlad』という作品が素晴らしかった。北欧(ヘルシンキ)発のエレクトロニック系にも聞こえるアコースティック・ポップスとでも言うべき(?ちょっと違うかも(笑))、現代音楽にも通じる独特の音楽を紡ぎだしているアーティストの8年ぶりの新譜。聴きごたえありの名盤。後、エスペランサ・スポルディング、ウィーザー、ポール・サイモン、スティング、イギー・ポップ、レッチリ、大西順子(ジャンル、本当にグチャグチャ(笑))の新作も素晴らしかった。そして、デヴィッド・ボウイとレーナード・コーエンの遺作となった新譜が傑作だったということにも敬意を表したい。
さて、そんな感じで2016年もたくさんのいい音楽に出会えた。さて、2017年はどんな音楽に出会えるでしょうか!(TM)

2016/12/29

Look Back 2016 その1

 2016年もいよいよラストです。と、いうわけで例年、誰に頼まれる訳でもなく勝手にやってますが、全く個人的なマイ・ベスト2016を振り返り。
 で、今日は映画編。
 映画はまず映画館のスクリーンで観るべし、という主義。若いころ(学生時代)は本当にやることがなかったので、映画館に入り浸っていましたが、さすがにもうそんなに行く時間はなくなってしまっている。そんな中で厳選して観ているような感じ、といいながら何やかんやで30本近くは鑑賞した次第。今年のマイ・ベスト3はこんな感じ。

 別枠『クリード』/ライアン・クーグラ
 1位 『エヴリバディ・ワォンツ・サム』/リチャード・リンクレーター
 2位 『デッドプール』/ティム・ミラー
 3位 『ヘイトフル・エイト』/クエンティン・タランティーノ
    『永い言い訳』/西川美和
    『シング・ストリート』/ジョン・カーニー

 いきなり、別枠ですみません。しかもベスト3と言いながら5作品を選出。。。『クリード』は本当に年始めの上映。これは、あまりに特別なため別枠シードとさせていただいた(詳細は、本ブログの2016/3/31をご覧ください)。
 さて、『クリード』を外すとなると、『エヴリバディ・ワォンツ・サム』を1位にした。非常に面白い映画で、登場人物も主人公を含め突出して際立っている訳ではなく、特にストーリー上の山場がある訳でなく、喜怒哀楽の波はほとんど無いし、ドンデン返しも全く無い。でも、作品にグイグイ引き込まれるという感覚が、それこそ快感だ。決して大作ではないが、個人的には傑作だと思う。そして、何はともあれサントラが素晴らしい。
 2位は『デッドプール』。アメコミ、バカ映画(失礼!)だが、オープニングからエンディングまで片時も目を外せないほど愉快痛快。いわゆる「第四の壁」を破るという意味でも突出していると思う。そして、何と言っても、主役のライアン・レイノルズが素晴らし過ぎる。まさに自叙伝的なパフォーマンスに合掌。
 3位はそれぞれ良さがあり甲乙つけがたい。『ヘイトフル・エイト』はオープニングで撃沈!と、言うかオープニングが全てと言ってもいいかも。タランティーノらしさが全編に渡っていて本当に気持ちいい。『永い言い訳』は本当に隙のない映画。色々と考えさせられる。『シング・ストリート』は80年代ロック好きには、もう垂涎の作品。『エヴリバディ・ワォンツ・サム』と併せて黙って観ろ!、という感じ(笑)。
 という感じで、来年もいい映画に巡り合いたいですね。
 明日は音楽編、いきますよ。(TM)

2016/12/25

Do They Know It’s Christnas ?

  毎年クリスマスは、バンド・エイドのこれを聴くことをルーティンにしている。

かれこれ30数年前に買った、アナログの12インチのEPである。
 ジョージ・マイケルが亡くなったニュースが世界をかけ巡っている。アルバムの裏ジャケに参加した錚々たる面々がうつっているが、丁度真ん中の左寄りにジョージ・マイケルがいる。あまりに早いのが残念というしかない。ご冥福をお祈りします。(TM)
 

2016/12/21

設計演習講評会2016ラスト

 武蔵野大学3年生、設計演習最終課題の講評会。武蔵野大学は4年生に設計演習の授業がないので、これが授業としてはラストの設計課題となり、後は卒業設計を残すのみとなる。
 3年生後期は僕も含めて5名の建築家によるスタジオ制(各建築家により異なる課題を出して、少人数のスタジオのようなかたちでおこなわれる設計演習)での設計演習のかたちをとっており、他のスタジオの課題が見られるのはこの講評会だけなので、教員としても楽しみである。個人的には前日に胃腸炎でダウンしてしまったので、何とか気合で体調を直して講評会に臨んだ次第である。
 水谷スタジオの2016年度課題は『武蔵野市現代美術館』。敷地はかつてバウスシアターが存在していたサイト。丁度、現在、その地に新しい商業施設の開発がおこなわれていて現場工事がおこなわれているので、ある意味タイムリーといえばタイムリーな課題。
 水谷スタジオは5名が発表。
・小さなギャラリー展示とミニシアターがパッチワーク状につながる美術館
・象徴的な小劇場と商店街のような美術館のコンプレックス。
・細長い展示室がレベルを変えながら連続するリニア―な美術館
・子供が楽しめる大地の丘のような美術館
・大きな工房を街に開きながら展示室に誘う構成の美術館
 と、いう具合にそれぞれに魅力的な提案を完成させた。学生のみんなは本当にお疲れさまでした。
 講評会は13時過ぎから始まり、先生方の非常な熱心な指導及び講評があり、20時くらいに終了。長丁場になるので、さすがにこっちも身も心もしびれてくる。終了後、毎年恒例の懇親会へ。そこでは、一様に課題から解放されて、充実感と虚脱感を漂わせている学生たちの様子をみて、こちらもそこはかとなく静かに充実した達成感を感じることになる。
 例年そうだが、これが僕にとっての年内最後の学内のイベント。
 さていよいよ年末に突入するのであります。バタバタしながら、じっくりいきますよ(笑)。(TM)

2016/12/16

十和田にて

 青森方面にでかける所用があり、少し足を延ばして十和田市現代美術館へ赴く。恥ずかしながら、開館してからなかなか行く機会がなかったので、非常に楽しみにしていた。
 まちと一体化する美術館ということで、街へショーウィンドウのように美術作品が開かれているような構成があったり、施設内に入ればひっそりと佇めるような場所があったりと、新しい美術館のかたちがまさに立ち現れているような感覚をもった。
 ただ、この建築のあり方が、この十和田の街に本当にふさわしいか、というとちょっと違和感がある、というのは否めない。でも、それはちょっとだけ観光客として寄った者の浅はかな感覚なのかもしれない。また、夏に来ると違った雰囲気が楽しめそうで、いろいろと想像を膨らませてしまう。やはり、アートは人を元気にさせてくれる、と感じた十和田の時間でありました。(TM)

2016/12/15

冬に美術展

  
 有明への移動の合間に時間が少し空いたので美術展を2つハシゴする。
 庭園美術館での『クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス-さざめく亡霊たち』展、そして原美術館での『篠山紀信 -快楽の館』展へ。
 時間があまりなかったので、本当にザーッと観ただけになってしまったが、どちらも作家の作家性がダイレクトに感じられる展覧会になっており、期待をまったく裏切らないと思う。ボルタンスキーは美術館内で良い展示ができるのかな?と若干心配(余計なお世話!)もあったが、しっかりと美術館(の建築を含んだ)の歴史性を活かした展示になっていた。篠山紀信はもう反則じゃないか、というくらいド真ん中の剛球という感じ。
どちらも本当に骨太で観ていて清々しささえを感じる、と勝手な感想を抱きながら会場を後にする。アートは人を元気にする、というけど、非常にその好例だと思い、会場を後にしながら「元気出た。。」と一人呟いてみるのでありました。(TM)

年末とPVとキノコと

 毎年恒例の家族写真の撮影で写真家のキッチンミノルさんに石神井の家までお越しいただく。
 撮影も無事に終わり、雑談をしている中でキッチンさんが、「ケツメイシの新曲のPVはいいですよ。ご覧になりました?」と聞かれ、さすがにケツメイシとは!、意表をつかれたかたちだったので、youtubeで早速検索して観てみることに。ほぼ、ダチョウ倶楽部のPVのようなテイストで、そこはかとなくジンときて面白い。
 それを観ながら、「メインストリームではなくても、コツコツと続けていく、ということはホントに大事なことなんじゃなかろうか。。。」と二人して納得。
 雪が降ったかと思えば、春のように暖かくなったりと気候が乱降下しているが、いい感じの環境が整ったのか、庭に設置した木のカウンターにキノコがコツコツと繁殖している。これも継続の大切さを、教えてくれている。ような、気がする。うむ。ちょっと無理やり関連付けてしまいました。すみません。はい。(TM)

2016/11/24

ゼミ@アーツ前橋

アーツ前橋で『フードスケープ-私たちは食べものでできている-』展が開催されている。
 研究室4年生のゼミ生を連れて一路前橋へ。見学会を兼ねてゼミということにしようと考えていたが、何と東京(及び関東も)11月としては54年ぶりの雪!と、いうことで、朝は、「果たして前橋まで辿り着けるだろうか。。。」というような状況。電車も各所で大幅に遅れていたが、何となく無事に学生もみな辿り着くことができた。
 展示は昨年の『ここに棲む』に引き続き、という訳で、衣食住をテーマにした展覧会の3ヵ年に渡るプログラムの3年目の展示ということで見応えもある。
 学生もいろいろ刺激を得たようで充実した見学会になった。
 会期は年が明けた1月17日まで開催中ですので、お近くまでお越しの際は是非会場に足を運んでみてください。(TM)



夜は西荻窪で、大学の非常勤でお世話になっている建築家の大塚聡先生の還暦祝い会。お祝いということにかこつけて、ただ飲む!というイベントを水谷研で企画させていただいた。大塚先生おめでとうございます。

2016/11/19

甲子園随想その2

 野球のシーズンも終わり一息ついた。少し季節外れになってしまうが、野球絡みということで、少し甲子園の話を。
 後、ちょっと今年このブログを書きたいと思った別の理由もあります。それはこの文章の最後に少し紹介します。
 昨年の2015/08/19のこのブログで『甲子園随想』というタイトルで甲子園(高校野球)に関して書いた。その際、僕が初めて甲子園球場に足を踏み入れた1977年の夏の大会について書いたのだが、その中で、「その翌年78年に続きがありますよ」的に、「さて、そのお話は、また来年のこの季節にでもしましょうか。」と結ばせて頂いた。ので、その想い出話の続きを今年も少々。
 77年の決勝戦(の最後の部分だけ)を甲子園で生で初めて観戦し、地元兵庫代表の劇的なサヨナラホームランによって決着がつくという熱戦に感動に浸ってしまった僕(当時7歳)は、翌78年も「甲子園に観戦に行きたい。」と親にせがんだ(ようだ)。当時の父親世代は仕事も忙しく日曜日も父は働きまくっていたという記憶があるが、かなり無理してくれたのか、決勝戦のチケット(その年はたまたま日曜に開催)を取ってくれて父母とともに親子3人で観に行くことになる。ちなみに父母とともに3人で野球を観戦したのはおそらくこれが最初で最後と記憶している(父と僕、母と僕、父と母という取り合わせでは、この後幾度ともなく野球を観に行っているのだが、不思議なものだ。)ので、残っている記憶も鮮烈である。
 さて、決勝戦の試合は地元大阪の未だ優勝経験がない新鋭の高校と、野球王国である四国は高知の代表、優勝候補の雄、高知商業との対戦。
 試合は決勝戦独特の高揚感があり、球場はもちろん超満員だった。今回は内野席でちゃんと座って観戦できていたので僕もご満悦だったが、試合はものすごく緊迫した投手戦に。はっきり言って、投手戦は子供にとっては試合展開に動きがないので、通常はとても退屈してしまうのだが、その時は球場全体の熱気がすさまじくて、手に汗をかきながら試合を観ることに没頭してしまった。
 試合展開は序盤に高知商が先制し、20のままあっという間に最終回へ突入。地元大阪の高校は完全に抑えられており、まったく反撃の糸口がつかめない状況だった。ここで球場全体が初優勝を目指すチームにエールを送ることになる。最終回9回裏、大阪の高校の最後の攻撃でランナーが一人出たところで、球場の所々から拍手が起き始める。そして、ランナーが二人出た場面で、球場の熱気がシンクロし始め、球場全体で大拍手の嵐が起こりだした。僕は何と言っても人生初めての本格的な野球観戦だったので、その球場全体が一つになるという状況を呆然と、そして恍惚と見とれてるような感じだった。そこで、打席にエースで4番の選手が立つ。まさに舞台は整った。僕は遠い客席で観ながら、その異常に緊迫した場面にもかかわらず4番打者がバッターボックスでニヤリと笑ったような感じがした。選手の顔の表情なんてまったく見えない距離なので、それはまさに錯覚なのだけど、球場の雰囲気全体がそう思わせる何かが憑りついていたのだろう。結果は追い込まれながらも(このあたり記憶が曖昧だ)、鋭く放った打球が1塁線を鋭く切り裂くタイムリー2塁打。同点。土壇場で追いついた。この段階で、球場は興奮の坩堝となり、まさに球場全体が揺れるような状態だった。続く、5番バッター。もう試合の流れは完全に動いていた。完全に高めに外れた球を左中間まで運び、見事、逆転サヨナラという劇的な幕切れとなった。
 これで夏の甲子園は4年連続のサヨナラで優勝校が決定することになる。まさしく昨年の決勝をみて母親と「3年連続はあっても、まさか4年連続はないよねぇ。」と言っていた、その「まさか」が起こった訳である。
 試合の後、甲子園に住む、祖父母の家まで家族三人で遊びに行き、祖父母の家でも先程までおこなわれていた決勝戦の話で盛り上がっていたのを覚えている。当時は、それ程、夏の甲子園が大きな歳時記だったと言える。
 時は流れ、40年近くが経ち、祖父母の家もすでに甲子園にはなく、僕もそれ程甲子園への情熱は失われてしまった。けど、あの時の熱気が渦巻く空気感は、何事にも代え難い体験であり、ある意味、貴重な建築空間体験だったと言えるだろう。
 さて、最後に、優勝した当時新米のその大阪の高校はこの後、甲子園という場で、数々の奇跡的な試合を残し、僕もその場面に幾度となく球場で遭遇することになる。ほぼ伝説的にまでになっている、その年の奇跡的な快進撃から人びとはそのチームを、リスペクトを込めて異名で呼ぶようになる。

その名は『逆転のPL』。

「立派な王国が色あせていくのは 二流の共和国が崩壊するよりもずっと物哀しい」
村上春樹著、『カンガルー日和』「駄目になった王国」より)
(TM)

2016/11/14

久方ぶりの出会い、諸々

 どうでもいい話だが、本当に久しぶりに出会う、という機会がたまたま身の回りに頻発している。
 福岡に赴いた時に14年ぶりと5年ぶりの友人及び後輩と。その福岡からの帰りに岡山で6年ぶりの友人と。設計の仕事関係の友人を介して12年ぶりの方と。四国で12年ぶりの方と。とある審査会で12年ぶりの方と。etc,etc。。。
 偶然のつながりで、ということも多く、本当に世間は狭いなぁ、と思いながら、この2ヶ月ほどの間に連続するので、「そういうタイミングなんだなぁ。」とつくづく感じる。こういうことって、自分の親がよく言っていたなぁ、と思い出す。いやはや。
 そして本日、教え子である卒業生(2期生)ワタルの仕事上の繋がりで、13年ぶりの友人(大学の研究室同期)のhokiさんと西新宿にて会食。何といってもこの前会ったのが自分の結婚式だったので、本当に久しぶりで、時は流れていることをジンワリと感じ入る。しかも、自分の教え子と同席なので、個人的には時間がちょっと行ったり来たりしているような感覚になり、非常に奇妙な感じで(これは同席した3人みんなが多分感じただろう)、ものすごく楽しかった。
 短い時間の再会だったが、学生時代のバカ騒ぎの想い出に華を咲かせ、また近々ということと、お互いの健闘を讃え合って帰途に就く。
 家に帰り、U2の“I Still Haven’t Found What I’m Looking For”を聴く。流れる時間と変わらぬスピリットに乾杯。(TM)

2016/11/12

トロールの森2016

 杉並区の善福寺公園で開催されている屋外アート展『トロールの森2016』に作品を出展しています。作品名は「Nirvana」。とは言っても、カート・コヴァーンとは何も関係ない作品です。
 人間の身体寸法にとって非常にギリギリの空間体感を楽しんでいただく作品になっていますので、是非、お近くにお越しの際はご来場ください。
 会期は2016/11/3から23日まで開催しています。入場無料ですので、お気軽にどうぞ。(TM)

2016/10/26

ビーチボーイズのいえ

 武蔵野大学3年生の後期、設計演習(授業名:空間造形4の第1課題の講評会を開催。この授業は、僕を含め5名の建築家の先生と一緒に運営する、スタジオ制の設計演習。
 水谷スタジオでは例年、第1課題ではスーパースター(ロック・アーティスト)の家シリーズの課題を提示する。もうこれも12年目に突入。非常にコンセプチャルな課題で、学生にとっては非常に難しいと思うけど、頭をグルングルンさせ普段とはまったくちがう脳味噌の使い方をして思い切り頑張って欲しい、と例年思っている。

 今年度は4月にブライアン・ウィルソンが来日した(当ブログ2016/4/13を参照ください)ということもあり、「ビーチ・ボーイズ」(!)とした。おそらく学生は誰も全く知らない課題ネタ(まあ、例年そうなんだけど。。)となり、独りよがりにアツくなりながら、履修希望者が果たしているのか?と不安に駆られながら授業に臨んでいった。約3週間の短いスパンだが履修者5名が課題に取り組み、55様のそれぞれ面白い提案が完成した。
 基本的に正解(らしきものも含む)がない課題なので、学生も困惑するが、講評する教員もいつもと違う所に頭をもっていかなければいけないので、講評会はいろいろな先生方の意見が聞けて、こちらとしても面白い。何となく世の流れから外れたものをつくりづらい世の中になっているので、こういうのも大切だよね、と、完全に自己満足(及び、自己弁護(!))しながら講評も無事に終了。
 さて、課題全文を下記に流します。写真は第1課題の打ち上げ&第2課題決起会@吉祥寺ハモニカ横丁。学生諸君には第2課題も健闘を期待します。(TM)

■課題:「The Beach Boys のいえ」
「スーパースターの家」シリーズの第12弾の課題は、「ビーチ・ボーイズ」である。一般的には、62年にデビューして以来、何度かの浮き沈みはありながらも半世紀にも及び、西海岸の青い空と海、サーフィンといった健康的でポップなイメージを軽快なリズムと美しいコーラスにより、アメリカを代表するバンドとして知られている。最高傑作と誉れ高い『ペットサウンズ』以後も80年代後半に映画『カクテル』の主題歌「ココモ」が全米1位の大ヒットを記録するなど、現在にいたるまで、メンバー間の分裂などを経ながらも活動が継続している。今年、4月にオリジナル・メンバーのブライアン・ウィルソンが奇跡の来日公演をおこなったことも記憶に新しい。
オリジナル・メンバーは、ブライアン・ウィルソン(vo, b) (key)、カール・ウィルソン(vo, g)、デニス・ウィルソン(vo, ds)の三兄弟に、いとこのマイク・ラヴ(vo, )、幼馴染のアル・ジャーディン(vo, g)5人のファミリーグループで結成。60年代前半には唯一ビートルズをはじめとするブリティッシュ・インベージョンに対抗できるアメリカのバンドとしてヒット曲を連発し、ヒッピー・ムーブメントの時代になっても、リーダーの天才、ブライアン・ウィルソンによって生み出された66年の『ペット・サウンズ』や、代表作である全米No.1ソングの「グッド・バイブレーション」といった革新的な楽曲により、その後の長きに渡り評価を受けることになる。
現在のロック史上においては、アルバム『ペット・サウンズ』はロック音楽にとっての独立記念日のようなものだった[1]、とみなされている。現在までに総計900万枚以上を売り上げ、ロックの歴史を変える名盤となった。しかし、それまでのハッピーなビーチ・ボーイズの音楽イメージを覆すこのアルバムは、発売当初はファンはおろか、ブライアン以外のメンバーからさえも不評や戸惑いを呼び、ブライアン・ウィルソン自身がパラノイヤに陥り、ビーチ・ボーイズ自体も崩壊へと流れていくことになる。時はビートルズの『ラバー・ソウル』が出て、この『ペット・サウンズ』が出て、この後、再びビートルズの『S.P.L.H.C.B[2]』が出て、さらにビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン)が『スマイル』(完成せず)を創ろうとしていた時代。言い換えれば、「コンセプトアルバム」という概念が確立された時代である。そして、2000年代に入りブライアン・ウィルソンは長い低迷(空白)期を経て、復活を果たしていく。
もともとこの課題のオリジナルは『わがスーパースターのたちのいえ』[3]というコンペの課題である。今年度は、その『スーパースター』をどうとらえられるかということを、アメリカ・バンド史上を代表するスーパースター、ビーチ・ボーイズの存在を冠して考えてもらいたい。   
課題へ取り組む糸口は、数多ある。『ペット・サウンズ』という音楽、ブライアン・ウィルソンの人生、コーラスやハーモニーのあり方、ビートルズとの相関関係、60年代~現在という時代性、各々のメンバーや楽曲群、歌詞、等など。
課題は、例年通りの前置になってしまうが、様々な社会性や文化性を持ったバンド(今も一応、現役)、ビーチ・ボーイズという音楽グループの住まいを設計することではない。音楽という世界を通して創造をしているビーチ・ボーイズの拠り所としての概念(→空間)はどのようなかたちで表現することができるのか、時間や空間を超えた構想力豊かな提案を期待している。

[1] 音楽評論家、デヴィッド・リーフによる。(ジム・フリージ著『ペット・サウンズ』の翻訳版より)
[2] 『サージェント・ペーパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』。ジム・フリージ著『ペット・サウンズ』の翻訳版の中で翻訳を担当した村上春樹氏が、『ペット・サウンズ』と『S.P.L.H.C.B』との比較を訳者あと書きで適切に表現している。
[3] 1975年の新建築の住宅設計競技の課題。『わがスーパースターのたちのいえ』。審査委員長は磯崎新。そしてその結果はほとんどが、海外の提案者が上位をしめた。磯崎はその審査評で「日本の建築教育の惨状を想う」というタイトルで、日本人提案のあまりの硬直化した状況を嘆いている。さらに相田武文が「犯されたい審査員を犯すこともできなかった応募者」という講評をおこなっている。今で言うところの「草食系」である日本人建築家の提案の惨状をみて「磯崎が新建築コンペにとどめを刺した」と評している。

2016/10/25

アーチの森2016

  武蔵野大学の学園祭(摩耶祭)(2016/11/1516)が開催される。
例年、学園祭の実行委員会より依頼され、正門からアプローチした正面にある噴水広場の近くに、木造仮設建築物(作品名:『アーチの森』)を制作している。設計(デザイン)から施工まで、完全にセルフビルドでおこなうことが大きな特徴である。
 建築物は、学園祭のシンボルとしてPR機能を果たすことが条件として望まれており、後、制作チームとしては、このつくる建築で来場者の方々に憩い、たたずんで欲しいという思いがある。
 このプロジェクトも今年度で10年目になった。記念イヤーだったということだが、「ここは通過点に過ぎない。」と自分に(勝手に)言い聞かせ、特別なセレモニーはあえておこなわずに今年度も無事に建築が建った。
 制作する学生は、厳然とした締め切り(学園祭初日の朝に建築が建ちあがってなければならないという縛り)があるので、作業後半は物凄いプレッシャーと共に作業をおこなうことになる。今年度も大変そうだったが、完成した感動は何事にも代え難い、のではないかと思う。学生の皆さんはお疲れさまでした。
 会期中はたくさんの方々に来場いただき、思い思いにこの建築にふれて頂きました。ありがとうございました。(TM)

2016/10/22

小金井公園 江戸東京たてもの園


武蔵野大学工学部建築デザイン学科(改組があって昨年からこの名称)の学外授業で江戸東京たてもの園へ。今年は、伊藤泰彦先生と担当させていただいています。

その伊藤先生からなんと「当日はお子さん連れでどうぞ」と言っていただき、思う存分お言葉に甘えて、子連れ・重役出勤・伊藤先生の子守付きという極上の待遇で赴きました。伊藤先生、スタッフの皆さん、どうも有り難うございました。

授業で来る度に「いつか小金井公園の芝生広場で子供たちと遊びたい」と思っていたので、それがかなって私は大満足。5歳の娘は「あの赤い屋根のおうち(デ・ラランデ邸)に住みたいから、お父さんにああいうの作ってってお願いする。」とちゃんと収穫があったようです。娘ですが、今の自宅について「満足できない部分」があるらしく、他の家を見ては自分の理想と重ね合わせて「こういうのがいいな~」と呟いていて面白いです。
 

2016/10/20

芸術の秋にハイネの詩


地元神戸の幼なじみでスイス在住ピアニスト加藤哲子(かとうさとこ)さんの日本公演が東京・両国門天ホールであり、演奏会に出かけてきました。幼なじみとはいえ、小学校低学年の頃にとても仲良くなって以来中学までは地元の学校で一緒、高校進学時に彼女はもうピアニストを目指して音楽科のあるやや遠方の高校に進学したこともあって、その後はなかなか会う機会がなくこの年まできていました。というわけで、ほぼ20年ぶりに会う!(人生の半分だ~!)という一大イベントを前にそわそわと落ち着かない数週間。そのうえ、私はピアノと縁遠くなって久しく、弾くことはおろか、鑑賞することもトンとご無沙汰なので、演奏会に行くことそのものがもう嬉しくて楽しみで、そんな理由からもドキドキ。

プログラムは、テノール歌手ラファエル・ファーブル氏とピアノ加藤哲子さんのリートデュオによる2部構成90分。ハイネの詩に曲が付けられた作品が、作曲された時代や作曲家の違いによる特徴が浮かび上がるよう構成されていて、とても聴き応えのあるものでした。解説がとても丁寧に作られているのも素晴らしく、心ゆくまで堪能したのでした。

シューマンの『詩人の恋』よかったなあ~。CD出してくれないかなあ。あと、アンコールで演奏してくれたシューベルトの『ミューズの子』も気に入りました。

素敵な演奏に感動した直後、久しぶりにさとこちゃんと言葉を交わしたら涙が止まらなくなって、それをさとこちゃんが「昔から泣き上戸で」と笑ってくれたのがまたいけなくて号泣。20年経っても全然変わってない姿を見られて、あ~恥ずかしかった。

2016/09/26

ダーティ46

 
 私事で恐縮ですが、不肖、私めが46になりました。
 家族、事務所スタッフ、大学の研究室の学生から、それぞれ祝福をいただく。ありがとうございました。
 この歳になってくると嬉しいか?と聞かれれば、もう微妙な感じになってきてしまっているが、まあ、お祝いしていただくのは、本当に嬉しいものですよね。
 50の足音が聞こえてきている。
 また更に精進いたします。(TM)

2016/09/23

号泣することは分かっていた@武道館

  クイーンがアダム・ランパードのフューチャリングで来日。そして、何と武道館で(!)、ということで、ロック仲間の方々と参戦。
 フレディ・マーキュリーがいないことは分かっている。そして、ジョン・ディーコンももう活動をしていないことも分かっている。
 が、クイーンはやはりクイーンだった。
 ほぼ予備知識なく行ったので、まさにライブは圧巻の一言。
 オープニングは『7つの海』。パイロがドカンと吹き上がり、照明光線が飛び交う、まさにザ・エンターテイメントなオープニング。2曲目の『ハンマー・トゥ・フォール』で、80年代育ちの僕個人的には涙腺がちょっときた。そこからは、怒涛の楽曲群がこれでもかと展開される。すべてが愛すべき名曲。コンサートの中盤で、ブライアン・メイがセンターステージまで一人で出てきて、『ラブ・オブ・マイ・ライフ』と『手に取り合って』(クイーンによる日本語歌詞の曲)を弾き語り、会場全体で大合唱するあたりでは、歌いながら、もう号泣。アンコール前に『ボヘミアン・ラプソディ』、『レディオ・ガガ』で終わり、アンコール後『ウィー・ウィル・ロック・ユー』、『ウィー・アー・ザ・チャンピオン』という王道で幕切れ。最後は本当の大量の金色の紙吹雪が、前も見えないくらいに吹き上がる中でのフィナーレという、まさに〝ザ・ショー〝を会場全体で分かち合えた至福の時間だった。まさに“Show Must Go On”である。来場者全てのひとたちが幸福になれる体験。ポール・マッカートニー(ビートルズ)の他にこれが可能な存在があったのだと、改めて実感。いや凄かったです。
 バンドのメインメンバーがいなくなっても、バンドという存在が存続することに意味を改めて感じさせられた。
ポピュラーなロックも奥が深い。合掌。(TM)

2016/09/14

水フェス2016

  武蔵野大学水谷研究室の10周年を記念して、昨年度卒業生が主催して会が開催された。通称『水フェス』。昨年度の記念会を踏まえ、これからは毎年開催しよう!ということになり(半ば強引に(笑))、今年は11周年の開催。
 今年度は2期生のアサミが幹事となり頑張ってもらった。卒業生が女性が多いということもあり、子供が小さくまだ子育て奮闘中という人の数が一定数あるため、平日の昼&夜の2部構成で開催の運びに。(ちなみに写真は3次会時のもの。グダグダ感満載(笑)。)
 さすがに平日だと集まりは悪いだろうな、という予測もあったが夜遅くの3次会から参加する卒業生もいて、結局延べ3040名弱程が来てくれた。サプライズ・ゲストで大学の授業でもお世話になっている建築家の大塚聡さんも駆けつけていただいた。ありがとうございました。
 僕の誕生日が近いということもあり、祝福もいただき、ありがとうございました。
 さて、時が経つのは早いもの。卒業生が社会で活躍する様子を聞くのは頼もしい限りである。(TM)



2016/09/07

ゼミ旅行@四国

  この季節は毎年バタバタと忙しく、なかなかブログを更新できない。ので、簡潔にこの後何回か続く次第。
 ゼミ旅行で四国の高松、松山へ。
 4年性のタメちゃんが香川出身ということで、「やっぱ、今年は四国やね。」という僕の一言で行き先が決定。最近こんな感じでゼミ旅行の企画がたっている。

 関東方面の人は四国は外国(!)のような感じの模様で、ほとんどの学生が四国の地を初めて踏むといった状況。
 学生たちは前乗りしており、3日目から合流。豊島(いきなり島から合流)から始まり、豊島美術館、横尾館。高松に渡り、イサム・ノグチ庭園美術館、香川県庁、ジョージナカジマ記念館、坂出人工大地、東山魁夷せとうち美術館、金毘羅宮。松山へ移動し、道後温泉、坂の上の雲ミュージアム、伊丹十三記念館と、いう感じで、僕はそこで離脱。23日のまあまあの弾丸だった。
 人工大地は学生の企画では入っていなかったのだが、昼ご飯にうどんを坂出で食べることになったので、慌てて、人工大地を観に行く指令を出して、予定変更。現在進行形で、まだ生活が営まれていている様子も含め本当に圧巻だった。学生たちも一様に興奮していたように感じる。但し、市街地の衰退も1時間弱の滞在でさえ感じられ、今後の存続が気になるところ。
 後は、豊島美術館もやっと訪問できてよかった。ある意味、建築のプログラムとコンセプトとかたち(造形を含め)がほぼ一対一で対応している建築は、雑誌で見ているのとそれほど差異がなく、建築メディアなどの高評価との落差にがっかりすることが多いが、豊島美術館は環境との関係性やスケール感やテクスチャーなど、実体験してみてさらに感動を覚える稀有な建築だと感じた。
さて、学生の夏休みも終わり、後期が始まる。(TM)

2016/08/25

モダニズムの建築@佐賀


 所用があり福岡へ。
 そして、もう少し足を延ばして、佐賀へ。
 なかなか赴く機会がなかったのだが、佐賀のモダニズム建築を観たいと思って久しく時が過ぎてしまい、時間が限られている中、えい、と思い切って行くことに。
 いや、素晴らしかった。
 大隈記念館(今井兼次)、市村記念体育館(坂倉準三)、佐賀県立博物館(第一工房+内田祥哉)、佐賀県立図書館(第一工房+内田祥哉)、と歩いて炎天下巡る。蛇足だが、全部自分が生まれる前にできた建築。どの建築も力強い存在感と質感があり、しかもそこに人々が寄り添いながら、建築がある様子がとても好感がもて、静かな感動すら覚える。
 全国でモダニズム建築がドンドン無くなっていっている状況だが、これらの建築群も将来どうなっていくかは何とも言えない。建築が年月とともにその地域をつくっていくということが感じられるが、また時間の経過の残酷さも感じてしまう。灼熱の佐賀でありました。(TM)
 

2016/08/20

甲子園と本塁打のえがく情景

 リオ・オリンピックで盛り上がる中、ひっそりと高校野球で盛り上がっている。ような、気がする今日この頃。雑誌Numberの最新号が、「甲子園最強打者伝説」という特集で高校野球関係の記事を組んでいる。清原が表紙で、この時期にすごく微妙な塩梅だが、記事のメインはその清原である。
 そしてこの記事がすごくいい。久しぶりにスポーツ関連の文章で力作を読んだ、感動!、という感じ。
 記事の内容は清原が甲子園で打った本塁打13本にフォーカスを当て、当時打たれた(3年間に渡り)投手全員にインタビューをしてまとめている。だから、清原本人の言葉は直接的には出てこない、という趣向も面白い。たった一本(或いは一打席)の結果としての「ホームラン」が、その当事者の人生に少なからず、様々なかたちで影響を与えている、という事実がいろいろと考えさせられる。
 そして、そこには甲子園球場という場所が背景として厳然と横たわっている、と感じてしまう。いや、野球のはなしがつづきますが、やはり夏は甲子園やなな、とひとりで納得。うむ。(TM)

2016/08/08

3000の重み

 19951021日。第1戦、日本シリーズに仰木彬監督(当時)率いるオリックス・ブルーウェーブが、野村克也監督(当時)率いるヤクルトスワローズと対決した。
 1995年。そう、117日に阪神・淡路大震災が起きた年に、神戸をフランチャイズに持つブルーウェーブがパ・リーグを制覇して臨んだシリーズだった。
 神戸市民の期待を一心に集めるばかりでもなく、日本中の応援を受けての決戦だった。しかし、結果は14敗の完敗。完全に野村ID野球に抑え込まれるかたちでブルーウェーブは敗退した。
 最後の試合が終わった後、イチローはコメントした。
「このような不甲斐ない試合をしながら、完全に負けてしまいました。でも、こんな僕たちのプレーを、ブーイングもせずにスタンドで応援してくれる神戸のファンをもてて、僕たちは誇りに思います。」
 神戸市民全員が涙した瞬間である。もちろん僕も泣いた。
 
 それから20年の歳月が流れ、201687日(日本時間は88日)。
イチローがMLBでの3000本安打を達成。
感無量である。
本当にすばらしい。
泣けた。
ただ、それだけである。 (TM)