2019/12/31

Look Back 2018 ゆく年来る年

さて今年も関西に帰っての大晦日、元旦を迎える。
まったく個人的なマイニュース2019を最後に振り返ってみる。
今年もいろいろ盛りだくさんな1年だった。みなさん、ありがとうございました。
マイ・ニュース、ベスト3をあげるとこんな感じ。

1.長女練馬区美術館で絵・習字が展示、長男七五三&ヘルパーなしで泳ぐ
2.むさし野文学館、開館
3.収録書籍(『進撃の建築家たち』『世界都市史辞典』)が無事出版

以上です。
みなさん、よいお年を。新年は6日からスタートします。(TM)


2019/12/30

Look Back 2019 その2

 昨日に引き続き、全く個人的なマイ・ベスト2019。今日は音楽編。今年はあまり新譜を手に入れることが少なく、もっぱら中古アナログレコードをボツボツとゲットしていたという次第。相変わらずアナログレコードとCDを並行して購入しているが、世間はもうデータ配信が主流になっており(ついでに、世間的にはCDの販売額をアナログが上回ったらしい)、いい音楽をデータでないと聴けなくなってきている気がして(そうでもないかな?。。。)いるが、まあそこの所はどうしようもない。
 ということで。、2019年のマイ・ベストを選んでみる。
 順番はこんな感じ。

  1位:『Not Waving ,But Drawning / Loyle Carner
  2位:『Hyperspace/ Beck
  3位:『35mm/Juan Fermim Ferraris
  4位:『Sinematic/ Robbie Robertson
  5位:『Jamie/ Brittany Howard
      I,I/ Bon Iver
  番外:『Once Upon A Time In Hollywood/ O.S.T

 今年は個人的にはあまりヒットするアルバムがなく、いや、どうしようかなぁ(ってどうしようもないのだけれど)と思っていたら、秋も深まった頃からいい新譜が続々と出たのでホッとした。ので、まだフーの新譜と、レックス・オレンジ・カウンティがじっくり聴けてないので今回は外している。
 という訳で、これという作品が中々出なかったというのが個人的には今年の前半特に特徴というところなので、ランキングも若干例年と違う感じが我ながら面白い
 本ブログ2019/10/1に書いたが、今年一番聴いたのはフ―ベルの『カーザス』。http://mizarchi.blogspot.com/2019/10/
でもこれは発売が昨年なので外す。
 で、それと並んで一時ずーっと聞いていたのを1位に、という訳で、何と1位は史上初めて、ヒップホップのアルバム、ロイル・カーナーの新譜。ヒップホップなのでまずは歌詞が分かっていないとダメというのが通常なのだが、このロイル・カーナーの楽曲群は歌詞が分からなくても気持ちよくて、本当にずっと聴けてしまうメロディセンスが抜群。アルバム・ジャケットのアートワークとタイトル(訳すと、「手を振ってるんじゃなくて、溺れているんだ」)がまさに秀逸。ヒップホップは個人的にはそれ程明るくないが、新しい音楽性を感じる。
 2位はベックの新譜。これも今年の後半に出たが、輸入LPの入手に時間を費やしたため、聴けたのはほんの最近という次第。で、これも傑作だ。ベックはここ最近のアルバム数枚どれも傑作なので、すごいレベルに達しているのを感じざるを得ない。
 3位はアルゼンチンの現代的であり伝統的でもある音楽活動を展開するピアニスト、ファン・フェルミン・フェラリスのソロ作。ジャンルでいうとジャズにあたるとみなされている作品。タイトルの通り、非常に映像的な感覚が喚起される秀作である。
 4位は、我らがロビー・ロバートソン御大久々の新譜。これもタイトルから分かるように映画的なアプローチの音楽。重厚(個人的には若干地味な感じも受けるが)な音作りは熟練の境地と言える。昨日の映画関連で言うと、『アイリッシュマン』のテーマ曲も収録されており聴きごたえ充分。
 5位はなかなか選びきれずに2作品に。アラバマ・シェイクスのヴォーカリストのソロは、バンドの曲とは一味違い、重みと深みがある曲を歌いあげている。ヴォン・イベールの作品もある意味ジャスティン・バーノンの集大成的な位置づけといえるまさに神秘的な作品。両作品とも美しい。
 後、ここには挙げなかったが、ポール・サイモンのトリビュートアルバム(『アメリカン・チューンズ』)が素晴らしくて、最近ずっと聴いている。後、昨日の映画編に引き続きでしつこいようだが、『Once Upon A Time In Hollywood』のサントラが素晴らしい。さすが、タランティーノのオタクセンス炸裂!という感じ。
 さて、そんなこんなで2019年もたくさんのいい音楽に出会えた。さて、2020年はどんな音楽に出会えるでしょうか!(TM)

2019/12/29

Look Back 2019 その1

 2019年もいよいよラストです。と、いうわけで例年、誰に頼まれる訳でもなく勝手にやってますが、全く個人的なマイ・ベスト2019を振り返り。
 で、今日は映画編。
 映画はまず映画館のスクリーンで観るべし、という主義。若いころ(学生時代)は本当にやることがなかったので、映画館に入り浸っていましたが、さすがにもうそんなに行く時間はなくなってしまっている。そんな中で厳選して観ているような感じと、いいながら何やかんやでおおよそ35本鑑賞した次第。今年のマイ・ベスト5はこんな感じ。

 別枠『クリード2炎の宿敵』/スティーブン・ケイプルJr.
   『タレンタイム 優しい歌』/ヤスミン・アフマド
 1位『シティ・ハンターTHE MOVIE 史上最香のミッション』
                       /フィリップ・ラショー
 2位『サスペリア』/ルカ・グァダニーノ
 3位『メランコリック』/田中征爾(One Goose)
 4位『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
                   /クエンティン・タランティーノ
 5位『ブラック・クランズマン』/スパイク・リー
   『ゴールデン・リバー』/ジャック・オーディアール
         『アメリカン・アニマルズ』/バート・レイトン

 いきなり、別枠で2作品。すみません。
 『クリード』はロッキーの続編映画第2弾。日本公開が本当に年初めだった(ので、ほとんど今年という概念がない)のと、ロッキーへの思い入れの強さから別枠に。前作に引き続き傑作で、もう昔のロッキーの流れを脱して新しい流れをつくったと思う。個人的に『ロッキー4』オンタイムの世代なので、涙なくして観れない。ドルフ・ラングレン(&もちろんスタローンも)万歳!。もう1本の『タレンタイム』はマレーシア映画の大傑作。2009年作品だが、この度再上映となり初めて観る。これがすごかった。ノスタルジー感が半端なく、家族愛ド直球をこれまでもかと考えさせられる作品。映画後半3分の1くらいから涙(号泣)が止まらず、崩壊の嵐。大切な一本との出会いだった。
 さて、本編へ。1位は何と!『シティ・ハンター』の実写版(しかもフランス映画)にした。これは、期待感との強烈なギャップの賜物としかいいようがない。何気なく時間が余ったので観たら、これがすさまじく、ドはまりしてしまった。原作への愛情と再現性へのこだわりは凄まじい。作品のプロットも実は良くできている。いや、世界は広い。最後、TMネットワークが流れるところはまさに日本人なら鳥肌が立つこと間違いない。
 2位は『サスペリア』。ダイオ・アルジェント作品(77)のリメイクと言われているが、まったくの別物。まずは映像美。本当に観ていて恍惚としてしまう。そして、観終わった後の「???」感はすさまじい。個人的にはこの前日に『バーニング』(監督:イ・チャンドン)を観たのだが(これも傑作。素晴らしかった。)、連日食らう大きな「?」に、やはり世界は広いとしかいいようがない。
 3位は『メランコリック』。日本のインディペンデント系で正直予告編ではあまり好きな感じではなかったが、これが予想を覆しものすごく面白かった。若い役者もすごく良く、「面白いものつくって映画界変えてやるぜ」的なエネルギーを感じられた。最後のシーンも素晴らしく思いがけず泣かされてしまう。
 4位は『ワンスアポンナ』。本ブログ2019/10/3に詳しくは書きましたのでそちらを参照ください。http://mizarchi.blogspot.com/2019/10/
 5位なかなか選べず3作品。『ブラック・クランズマン』はメッセージ性+エンターテイメントの塊でこれぞ映画という作品。さすがスパイク・リー。アダム・ドライバーの演技も抜群。『ゴールデン・リバー』は骨太な作品性はしびれるし、後はやはりメインの4人の役者陣の演技。ホアキン・フェニックス物では『ジョーカー』(もとても良かった!けど)を外してこちらを入れさせていただく。『アメリカン・アニマルズ』も非常に新鮮な作品。途中で作中の実際の事件の当事者が映画の出演者へシフトしていくあたりが堪らない感満載である。
 この他、個人的には『スパイダー・バース』を今年鑑賞。いや、衝撃度ではある意味今年No1。アニメ映画も新たな世界に突入したなと感じる。そして何といってもnetflix映画がどれもすごく、『ローマ』(監督:アルフォンソ・キュアロン)(日本では今年一部映画館で上映しそれに参戦。逆説的だが、まさにこれこそ映画館で観るべき映画。)、『マリッジ・ストーリー』(監督:ノア・バームバック)(ここでもアダム・ドライバーが抜群の演技。いや、どれもすごいのが素晴らしい。そして、スカーレット・ジョハンセンもキレキレ。)、『アイリッシュマン』(監督:マーティン・スコセッシ)(とんでもない3時間半、多分、アカデミー獲るやろう)、など選外にしたが、見応え充分だった。
 という感じで、来年もいい映画に巡り合いたいですね。
 明日は音楽編、いきますよ。(TM)

2019/12/28

卒業設計審査会2019(年度)

 先週末の話になるが、3年生の設計演習の講評会の3日後に更なるメイン・イベントが到来。さて、武蔵野大学の卒業設計の公開審査会。疲労のため体力は限界。ここは気合で乗り込むのみ。
 昨年度までは年内に1次審査でファイナリストを選定し、年明けの作品展の期間に合わせてそのファイナリストによる2次公開審査をおこなう流れだったのだが、今年度はそのプログラムを改変。午前中に全員のポスターセッションをおこない、1次審査によりファイナリスト選定。午後に2次の公開審査会をおこなう、という1日で全てが決まる流れになった。
 午前中の1次審査で10名の学生を選定し、最終審査で発表をおこなう。例年そうなのだが、発表&審査で最初考えていた作品評価に関しても、いろいろと考えも変わってくるのでその点は興味深い。
 1400にスタートし学生の発表に続き、公開審査会に突入。今年も審査員の先生方、12名という大所帯で開催(しかも、公開で!)するので、これがなかなか審査会の運営上の難易度を上げている。
 最初に投票をおこない議論に入る。今年の結果は10作品のうち得票が多い5作品と少ない5作品にはっきり分かれるかたちとなった。
 得票の多い5作品に絞り、各作品に関して各審査委員が講評をしていく。例年と比べ、審査の時間設定が短かったため、なかなか議論が深まっていかなく若干時間切れ感も残しながら、作品の順位までを合議で決定することができずに最終の決選投票へ舵を切る。と、文章で書くと平坦な感じになるが、このあたりで既に夜の7時前。5作品の中でも比較的得票が多かった3作品の勝負になるかな、と予想したのだが、予想通りその3作品を軸にして順位が決まった。1位から4位(武蔵野大学は4位までが優秀賞)はある意味、順当といえば順当な結果となった。
 水谷研からは、3名が最終審査会に臨み、ヤマジが次点(武蔵野大学は4位までが優秀賞なので5位)ということで涙をのんだが、マァコが見事1位(最優秀)を獲得。アユが2位(優秀賞)と大健闘だった。重ねてになるが本当にお疲れさまでした。審査する側もどっぷりと疲れました。
 終わった後、全体の懇親会をおこない、学生も(ついでに教員も)一様に「1年が終わった感」をにじませながら、学生の作品をツマにいろいろと話をする。
 個人的な感想としては、今年は例年に比べてレベルは高かったような感があり良かったと思う。入賞者は年度明けに学外へのコンテストに進むのでしっかりとブラッシュアップして臨んで欲しい。
 学生たちには、卒業設計は卒業後も自身の語り草になるので大切にして欲しい、というようなことと、最近ライブを観たときにジャズミュージシャンの菊地成孔氏が言っていた、「自分の信じている神を信じろ!」(詳細は省きますが、決して宗教的な意味合いはありません。「神」の所を「魂」にしてもいいかもしれません。)をメッセージとして伝えて、長い一日が終わる。
 さて、いよいよ年度末も佳境に突入。(TM)

2019/12/27

設計演習講評会2019ラスト

 武蔵野大学3年生、設計演習最終課題の講評会。武蔵野大学は4年生に設計演習の授業がないので、これが授業としてはラストの設計課題となり、後は卒業設計を残すのみとなる。
 3年生後期は僕も含めて5名の建築家によるスタジオ制(各建築家により異なる課題を出して、少人数のスタジオのようなかたちでおこなわれる設計演習)での設計演習のかたちをとっており、他のスタジオの課題が見られるのはこの講評会だけなので、教員としても楽しみである。個人的には年末のバタバタで体力は限界ながら、何とか気合で講評会に臨んだ次第である。
 水谷スタジオの2019年度課題は(例年とそれ程変化なく)『武蔵野市現代美術館』。敷地はかつてバウスシアターが存在していたサイト。例年は発表者をセレクトする訳だが、今年度は履修者が全体で少なかったので、水谷スタジオも4名全員が発表できた。

 ・波型の大きな木造部材によりゾーニングをおこない街に開放する美術館
 ・スラブの積層で全体を構成し、彫刻を展示する、丘のような公園美術館
 ・既存の商業施設をリノベーションし、地下に新たな展示機能を創出する美術館。
 ・吉祥寺の街の要素を取り込み、様々な展示室が可変しながら一体的に連続していく美術館

 と、いう具合にそれぞれに魅力的な提案を完成させた。学生のみんなは本当にお疲れさまでした。
 講評会は13時過ぎから始まり、先生方の非常な熱心な指導及び講評があり、20時くらいに終了。長丁場になるので、さすがにこっちも身も心もしびれてくる。終了後、毎年恒例の懇親会へ。そこでは、一様に課題から解放されて、充実感と虚脱感を漂わせている学生たちの様子をみて、こちらもそこはかとなく静かに充実した達成感を感じることになる。
 例年はこれが僕にとっての年内ほぼほぼ最後の学内のメインイベンなのだが、今年はこの後すぐに卒業設計の審査会が控えている。さていよいよ年末に突入するのであります。満身創痍(とは、ちと言いすぎか?!)になりながら、じっくりいきますよ(笑)。(TM)

2019/12/15

ヨシュア・トゥリーの再現

 ちょっと先週の話になってしまったが、ヨシュア・トゥリーの再現ライブを観に、さいたまスーパーアリーナへ馳せ参じる。(ちなみに、「ヨシュア・トゥリー」とは、アメリカ西南部の砂漠に植生するユッカの樹のことである(by ウィキペディア))。「ヨシュア・トゥリー」。ロック史上における名盤である。
 そして、バンドの来日は13年ぶり。ということで、もう観ることはできないかもしれない、という思いを抱えながら会場へ。個人的には、以前このバンドを生で観たのは、1993年の来日時。東京でしか公演がなかった(今回もそれは同じ)ので、当時住んでいた京都からはるばる出てきた学生時代の日々をアリアリと思い出す。
 ライブ自体は、巨大なスクリーンに映し出される映像(多分、ライブ中のMCでアナウンスされていたのでディテクターはアントン:コーヴィン)が圧巻。さまざまなメッセージを発しながら、観る側も恍惚としながらも胸にドスンとくる感じを味わう。ライブ前半は「ヨシュア・トゥリー」以前のオールタイムベストのセットリスト。後半は「ヨシュア・トゥリー」以後からの渋めの選曲も含めた楽曲群が素晴らしい。特に「Ultra Violet」の時に、世界を変えた女性たちを紹介する映像は感動的だった。
 2時間半程のライブを堪能し、ここまでストレートにメッセージを発することのできる(しかも大きなエンターテイメント込みで)バンドは、もういないかもしれない、と改めて感じ入る。合掌。
 史上最高のライブ動員数を誇る80年代以降では最も重要なバンド。
 メンバーは不動の4人。ラリー、アダム、エッジ、そしてボノ。
 その名もU2(TM)


2019/12/05

「東京」展

 お台場のビッグサイトで開催されている「エコプロ2019」のプログラムの中でシンポジウム(主催:武蔵野大学)があり参加(登壇)する。お台場も久しぶりの気がするが、その道すがら、東京はオリンピックを控えて、また変化していっているように改めて感じる。
 その流れで、東京都写真美術館で開催中の『中野正貴写真展「東京」』展をみる。個人的には「TOKYO NOBODY」シリーズの写真集を持っているのだが、改めて大きなプリントされた写真をみることで、いろいろと気づかされることもある。展覧会はその「TOKYO NOBODY」も含めて、作家のこれまでの東京を撮ってきた景を一同に眺めることができ、どんな東京論よりも、この写真群の方が迫力&説得力があるなぁ、と改めて思う。丁度今辿って来たお台場(正確には青梅)の開発されていく様をみながら、改めて時の流れを感じるのでありました。(TM)

2019/11/28

歌舞伎町1/5世紀の聖戦

 とある会が新宿で開催され、その流れというか、勢いというか、急な思い立ちで、新宿歌舞伎町のライブハウスBLAZEへ。
 いつか観たいと思っていたユニットのライブだったのだが、予想をはるかに超えてすさまじかった。今回の演奏は結成20周年というタイミングで、「1/5世紀の聖戦(ミラーボール主義)」と銘打たれている。しかもこの規模の箱(ホール)で体感できるのは、充実感この上ない。そして場所は歌舞伎町。これ以上言うことはない。
 ライブは何と3時間ノントップで、会場のテンションはずっと上がりっぱなしだった。演奏の技術は完璧。おそらく会場にいた全員が、最高の多幸感に浸れたことだろう。
 かつては、Date course pentagon royal garden(デート・コース・ペンタゴン。ロイヤル・ガーデン)の名称だったユニット、主宰は鬼才菊地成孔、その名もDC/PRG(TM)

2019/11/14

トロールの森2019

杉並区の善福寺公園で開催されている屋外アート展『トロールの森2019』に作品を出展しています。
http://www.trollsinthepark.com/

 作品名は「Come Talk To Me」。公園内に出現した公衆電話とちゃぶ台の黒電話、といった感じの作品です。非常に明快なメッセージですが、最早世の中では見かけなくなった風景を作り出し、いろいろな思いを体感をしていただける品になっていますので、是非、お近くにお越しの際はご来場ください。


 会期は2019/11/3から23日まで開催しています。入場無料ですので、お気軽にどうぞ。
 まちなかプロジェクトへの参加する企画『未確認生物との交信/行進』もしています。変な宇宙人が街中に出没します。毎週日曜祝日に出現しますので、そちらもお楽しみください。(TM)

2019/11/07

クイーンの家

武蔵野大学3年生の後期、設計演習(授業名:設計製図4の第1課題の講評会を開催。この授業は、僕を含め5名の建築家の先生と一緒に運営する、スタジオ制の設計演習。水谷スタジオでは例年、第1課題ではスーパースター(ロック・アーティスト)の家シリーズの課題を提示する。もうこれも15年目(!)に突入。非常にコンセプチャルな課題で、学生にとっては非常に難しいと思うけど、頭をグルングルンさせ普段とはまったくちがう脳味噌の使い方をして思い切り頑張って欲しい、と例年思っている。今年度は昨年の大ブームもあったということで、超メジャーバンド「クイーン」を投下。個人的にはクイーンはこの課題に出さないつもりだったが(決して嫌いなバンドではありません。念のため。ただロック史上における位置取りが非常に微妙なので敢えて敬遠していた、ということです。はい。)、これだけ社会的に話題になったらいくしかないだろう、という感じ。意外、というか、当たり前のように学生世代の人たちにとっては、全く未知の存在のようで(これだけ映画がヒットしたというのに)、いささかズッコケ気味で授業に臨む。約3週間の短いスパンだが、履修者4名(今年度は設計演習の履修者の数が異例のm少なさ!)が課題に取り組み、44様のそれぞれ面白い提案が完成した。
 基本的に正解(らしきものも含む)がない課題なので、学生も困惑するが、講評する教員もいつもと違う所に頭をもっていかなければいけないので、講評会はいろいろな先生方の意見が聞けて、こちらとしても面白い。さまざまな技術や技能がどんどん展開していくこの世の中なのだが、最後は手描きのスケッチや絵が、まあまあパワーを持つということを今年も感じさせられて(もちろん、これは良いと思っている訳だけど)こういうのも大切だよね、と、完全に自己満足(及び、自己弁護(!))しながら講評も無事に終了。
 さて、課題全文を下記に流します。講評会の翌週は恒例の第1課題の打ち上げ&第2課題決起会@吉祥寺の歓楽街。学生諸君には第2課題も健闘を期待します。(TM)

■課題:「Queen のいえ」
 「スーパースターの家」シリーズの第15弾の課題は、ロック史上において世界中で絶大な人気を誇るロック・バンド、「クイーン」である。2018年に公開された映画『ボヘミアン・ラプソディ』[1]が日本国内を含め、全世界で大ヒットしたのは記憶に新しい。
 やや私見ではあるが、クイーンの音楽のカテゴライズは難しい。クイーンがデビューしたのは1973年。一時期イギリスのロック(ポップ)ミュージック・シーン、特にハード・ロックはレッド・ツェッペリンのデビュー時と比較して低調とされていたが、ハード・ロック第2世代として出現してきた代表格がクイーンである[2]、というのが通説ではある。が、70年代初めからムーブメントを起こしていたグラム・ロックの括りに見なされている場合もみられる。デビューアルバム『戦慄の女王』は既存のハード・ロックの形式から脱し、今までにないような奇妙な、そして新しいヘヴィーさを纏ったスタイルを確立させた。その後、『クイーン(74)、『シアー・ハート・アタック』(74)、『オペラ座の夜』(75、「ボヘミアン・ラプソディ」収録)、『世界に捧ぐ』(77、「ウィー・ウィル・ロック・ユー」「ウィー・アー・ザ・チャンピオン」収録) 等立て続けに名盤をリリース。80年代に入っても『ザ・ゲーム』(80、ファンクの影響)、『ザ・ワークス』(84、原点回帰)等を発表し絶えず大きなセールスを獲得しながら一線で活躍し、独自の音楽性を展開していく。91年フレディ・マーキュリーが死去してからも、残りのメンバーとゲスト・ヴォーカルをフューチャー[3]したかたちで活動は断続的に続いている。2020年に来日コンサートも開催予定であり、そのブームは現在も継続していると言える。
音楽の特徴は、メロディのもつキャッチで緻密な美しさ、メンバーが奏でるコーラスのハーモニー、ギター音をダビングすることによりうみだすギター・オーケストレーションというヘヴィーで厚く多様な音質、特異なメロディパターンをもつリズム・パターン、等が挙げられる。技術的に非常に高いものを持っている各メンバー各自が、自分のサウンド・ポリシーを持ち全員が作曲し作風もそれぞれ異なるため、音楽のバリエーションの多様さが大きな魅力となっている。
もともとこの課題のオリジナルは『わがスーパースターのたちのいえ』[4]というコンペの課題である。今年度は、その『スーパースター』という像をどうとらえられるかということを、世界中で人気が認められるロックバンド、クイーンの存在を冠して考えてもらいたい。
課題へ取り組む糸口は、数多ある。クイーン自体のポピュラリティ、フレディ・マーキュリーのファッションなどを含めた先駆的なパフォーマンス、自ら楽器をつくるブライアン・メイの音への探求、ライブ・エイドのパフォーマンス、或いは『ボヘミアン・ラプソディ』の組曲性、ロック史が激動する70年代~80年代~現在という時代性、各々のメンバーや楽曲群、歌詞等など。
課題は、例年通りの前置になってしまうが、様々な社会性や文化性を持ったバンド(今も一応、現役)、クイーンという音楽グループの住まいを設計することではない。音楽という世界を通して創造をしているクイーンの拠り所としての概念(→空間)はどのようなかたちで表現することができるのか、時間や空間を超えた構想力豊かな提案を期待している。

[1] クイーンの結成から1985年のライブ・エイドでのライブ・パフォーマンスまでを描いた伝記映画。監督の後退などもあり映画批評家の前評判は分かれたが、主演のラミ・マレックはアカデミー賞主演男優賞を受賞するなど各賞を受賞する等一定の評価を受けた。
[2] エアロスミス、キッスと並び御三家との説がある。この後、ヴァン・ヘイレン、デフ・レパード、80年代のボン・ジョビへの流れ。
[3] ポール・ロジャース(20042009,アダム・ランパード(2012)を起用。単発のパフォーマンスでは、エルトン・ジョンやジョージ・マイケルの客演が有名。また、デヴィッド・ボウイと共作演をおこなった「アンダー・プレッシャー」(81)のヒットがある。
[4] 1975年の新建築の住宅設計競技の課題。『わがスーパースターのたちのいえ』。審査委員長は磯崎新。そしてその結果は。。。ほとんどが、海外の提案者が上位をしめた。磯崎はその審査評で「日本の建築教育の惨状を想う」というタイトルで、日本人提案のあまりの硬直化した状況を嘆いている。さらに相田武文が「犯されたい審査員を犯すこともできなかった応募者」という講評をおこなっている。今で言うところの「草食系」である日本人建築家の提案の惨状をみて「磯崎が新建築コンペにとどめを刺した」と評している。

2019/10/19

できた場所の向こうに

 周辺は大きな被害はなかったが、すさまじい台風が過ぎ去っていった。古い我が家は、所々雨漏りしてきて、ラグビー日本代表がスコットランドに歴史的勝利をあげるのを横目でみながら、雨漏り後の対応に腐心する。
 雨がだいぶひいてきた頃合いに外へ出かけてみる。
 そこには、ささやかな、雨跡の、場所というか領域のようなものができていた。
 不思議な感覚だ。
 子どもはそれを眺めて何を思っているのだろうか。(TM)

2019/10/15

思いもよらないこと

 あまりこのブログで時事問題を書くのは個人的には控えたいのだが、ここ最近の社会の状況で、本当に思いもしないことが溢れすぎていて、若干、混乱とやるせなさが押し寄せている。原発訴訟無罪敗訴にはじまり、関電トップ不正金品授受(これ誰も逮捕されないのか?)、表現の不自由展(愛知トリエンナーレ)補助金不交付、郵政保険不正に関するNHK報道への圧力問題、と続々と目を疑うようなニュースが続発。しかも全てが直接ではないにしても、国(政府)が絡んでいる。後、もう書く気もしないが、「人口対応で『虐殺』発言」を某政党党首がするという、もう言語道断の状況の連鎖が続いている。この国は大丈夫なのか?
 気持ちを落ち着かせるために、目黒の庭園美術館に赴く。昔の人は気骨があったのだなと思わされる。さまざまなことに思いめぐらし、自省しつつ、庭園に佇む。(TM)

2019/10/10

ここは東京か

 我が家の小さな庭に鎮座するトウネズミモチ(雑木なので、生命力が非常にたくましい)がどうしようもなく育ってきたので、毎年恒例の剪定をお願いする。
 枝を落としていってもらったら、何とクワガタがポトッと落ちてきた。息子がつかまえて、早速、虫かごにいれてみる。それにしてもクワガタとは!
 数年前は近くの公園でカブトムシを見つけたし(本ブログ2015716日分参照)、いやはや、ここは本当に東京23区なのか、と思わされる。まあ、都心に比べたらイナカ(環境が良いということ!)なのですが。
 最近、庭に木を植える家も減ってきたので、意外と我が家の雑木が鳥たちや虫たちの憩いの場として機能しているのかもしれない。。。と勝手に夢想するのでありました。(TM)

2019/10/05

鳩の撃退法

 また、だが、音楽・映画に引き続き、この夏読んだ小説の話を少し。佐藤正午著の『鳩の撃退法』を改めて読み直す。この本はまず文章が上手い(自分はまったくの文学門外漢ですが、感覚で)ということと、ストーリーが面白い、という点は勿論だが、最大の魅力は、現実(リアル)と虚構(フィクション)の境界線が、読んでいると微妙に(というところが最大のミソなのだが)ズレてくる、というところだと思っている。それを小説というフィクションでやっている、というところが更に面白さを増している。これは、小説の醍醐味だと改めて感じさせられた。
 これを読み返しながら、この春公開された、イ・チャンドン監督の映画『バーニング』を思い出す。これは村上春樹の小説(短編)『納屋を焼く』を原作としたものだが、劇中の主人公が小説家の卵という設定である。そして、この映画もこの小説がもつ、リアルとフィクションの境界線がポイントになっている映画だと感じている(映画自体がかなり解釈がオープンな(ある意味難解な)映画なので、これもまた一つの解釈だと感じてはいるが)。
 そんなことを考えながら、なぜかウィリアム・ギブソンの『ニュー・ロマンサー』を読みたくなってきた今日この頃。(TM)

2019/10/03

ワンス・アポン・ア・タイム(昔々の・・)

 前のブログの音楽に引き続き、この夏観た、映画を少し。
 クエンティン・タランティーノ監督、レオナルド・ディカプリオ&ブラッド・ピット出演の映画、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』がやはりすごい。
 なにがすごいかというと、
60年代最終盤の時代の(街やファッションや人々の雰囲気等々の)空気感(&昔ながらの映画撮影方法による質感)を思う存分体感できる(その舞台の再現性がすさまじい)。
タランティーノの映画としては珍しく残り30分くらいまで(映画の尺はタランティーノらしく今回も160分程の長尺)ほぼ何も起伏が起こらない、けど、ずっとワクワクドキドキする演出。
ブラッド・ピットがここ十数年くらいの出演作の中で圧倒的にカッコいい(ディカプリオやマーゴット・ロビー、他豪華なキャストの演技も素晴らしい)感じ。
 というところか。
 特に、ブラッド・ピットが夜のハリウッドの街を車で疾走するシーンは(特にドラマ性はなく何てことないシーンだけど)見ていて鳥肌がたち思わず泣けて来る程。これは映画館で観るしかない映画。この時期(69~70年)に自分が丁度生まれたんだなぁ(日本だけど)、と思うととても不思議な感覚になる。そして、現在にこの映画がつくられた意味を考えさせられる。ラブ&ピース、永遠なれ。(TM)

2019/10/01

CASAS

 夏も終わりだなぁ、という感じ。
 この夏一番聴いたのがRubel(フ―ベル)というアーティストの『CASAS』(カーザス)というアルバム。めずらしく、LPの日本盤が出たので、すっとレコードプレーヤーにかけていた。本国ブラジルでは非常に高い評価だが、なかなか日本では手に入らなかった(アマゾンでは手に入らず)。ここ2、3年特に感じるが、最早、アナログ盤やCDといった物理的なメディアは、流通がおぼつかない感じがある。いやはや。
 秋の夜長にもいいかもしれないと思い、またターンテーブルにかけるのであります。(TM)

2019/09/26

ダーティ49

 私事で恐縮ですが、不肖、私めが49になりました。
 みなさんより、それぞれ祝福をいただく。ありがとうございました。この歳になってくると、嬉しいか?と聞かれれば、もう微妙な感じになってきてしまっているが、まあ、お祝いいただくのは、本当に嬉しいものですよね。50一歩手前になりました。いろいろと考えさせられる。が、考えてもはじまらないこともたくさん!
 ので、まあ、それはさておき、また更に精進いたします。(TM)

2019/09/22

『魂がふるえる』展

 遅ればせながら、六本木で開催中の『魂がふるえる-塩田千春』展を観る。いつも思うことだが、六本木ヒルズに来るのは気が引けるのだが(←まったく個人的な感覚)、森美の展示はすさまじい。今回も、ある程度予測はしているのだが、作品のヴォリューム、クオリティ、とも、見応え充分である。
 もともとサイトスペシフィックな展示が評価されてきている作家な訳だが(個人的には越後妻有などで何度か作品を拝見した経緯がある)、このホワイトキューブの空間にもまったく臆することなく、大作(群)をつくりあげている様子にただただ溜息をつくばかりである。作品に力があれば、場所性を超越したものをつくることができるのだなぁ、と改めて感じ入る。
 後、蛇足だが、本企画展とはまったく関連はないのだろうけど、展示会場の一角にいくつか映像作品が展示されていて、これとの落差が激しくて(良い意味で言っています)面白かった。高田冬彦の作品群と会田誠の作品(作品名『フェイクニュース』)が秀逸過ぎて思わず爆笑。いや、世界は広い。(TM)

2019/09/14

襟を正して

 ブログを長い間更新できず(すみません)。そんな間に新たな内閣が発足。新たな環境相の入閣に世間のメディアは沸き立つばかりだが、文科相の驚愕の人事をはじめ、後はもうこれは、改憲につき進むのだろう。隣国の政治事情ばかりメディアにとりあげられてばかりいるが、自国のことにはどのメディアも突っ込まないのか。そもそも千葉の被災対応にはまったく国は動かない(東電のせいばかりにしている)このタイミングで内閣改造とは、というのが周辺の主だった(まっとうな)意見。おそろしくもあり、無力感に打ちのめされるのである。
 こういう時は、チャーリー・ヘイデン『Liberation Music Orchestra』を聴く。最近、中古レコード店で見つける(ちなみに写真に写っているのは同時にゲットした、イーグルスのファーストとヴァン・モリソンの『ムーンダンス』))。名盤だ。ある意味決して聴きやすい音楽ではないだろう。しかし、こういう時は、襟を正して、聴くべき音楽を聴く訳である。(TM)

2019/08/28

進撃の建築家

 恩師である布野修司先生が「進撃の建築家」という書籍を出版され、30数名の建築家のなかに、拙生、水谷のことも収録していただく。
 雑誌『建築ジャーナル』での布野先生の連載がもとになっており、一度、その記事が出た際にこのブログにも記させていただいたが、収録稿の冒頭は、「水谷俊博は、なぜかマイケルという。初めて会ったのは1995年の阪神大震災直後である。設計製図の演習で二十歳のマイケルに出会っていたと思うけれど記憶にない。」という文面から始まっている。雑誌に収録された際は非常に私的な感覚を受け取ったが、このようなかたちで30数名の建築家の記事を並べてみてみると、これからの建築家の職能はどうあるべきか、ということを改めて考えさせられ、やはり闘わねばいけない、と自戒するばかりである。布野先生には感謝の念につきません。書店などで書籍をみかけたらご一読ください。(TM)