2025/03/02

スクイズ・プレー

 長距離の移動が続いたので、読書も絶賛継続中。

 ポール・ベンジャミン著、『スクイズ・プレー』を読了。ポール・ベンジャミン? はて、誰でしょう?

 有名な話かもしれないが、実はこれ、作家ポール・オースターの別名で、『スクイズ・プレー』はオースターが売れる前に書いた、何と推理小説。しかも、ハードボイルドな作品である。

 そして、本作品で扱っている題材が、野球(MLBの元スター)ということで、全方位的に自分の大好物なのである。読んでいる間は、至福の時間帯でした。

 小説の最後は、この一節で終わる。

 「それが彼女を見た最後だった。」

 いや、もうね。カッコ良過ぎですね。

 こういう小説を読むと、いつも思ってしまう。「これからは、ハードボイルドでいくことにしよう!」。いや、無理なんですけどね。。。

 でも、「人間は、不可能なことに憧れる」とゲーテ先生も言っています。元気にいきましょう。(TM)

2025/03/01

椅子の講評2024(年度)

 例年そうなのだが、年度末なので様々な授業の講評会、発表会、審査会がおこなわれる。武蔵野大学で椅子をつくる授業をやっていて、その講評会を開催。今年度もゲスト講評者を招いての講評会を何とか無事に開催の運びとなる。木工作家の渡邊浩幸さん、映像ディレクターの土居京子さん、写真家のキッチンミノルさん、ファッションデザイナーの國時誠さんに参加頂き、それぞれの多様な視点から講評を頂く。僕以外はみなさん建築とは違った分野の方々なので、その講評も個人的にはとても楽しい。

 今年度は履修学生のうち12名が講評会でプレゼン。力作ぞろいだったと思う。ゲスト・クリティークの講師の方々も、いい感じで講評いただいているように見受けたので、一安心といったところ。

 例年、いろいろと学生が考えてくれるような課題の提示をしているが、今年度は長編小説を読み切ってから、課題に取り組む、ということにチャレンジ。学生は「ゲゲ~~っ!!」とう感じだった。そして、本当に、学生たちは本を読まない!、という事実を実感できた。4月に課題を提示するのだが、11月になっても読み切っていた学生は、ごくわずかだった(!)。ので、自ずと作品制作にとりかかるタイミングが、例年より大幅に遅くなった。そんな状況を横目でみながら、正直、この課題の出し方は失敗だった、、、と感じたのだが、この授業の醍醐味は、じっくりと考えて愚直に制作していく、ということであり、そういう姿勢で臨まないと、作品における本質的なパワーは生まれないような気がする。それがデザインを考えていく上でとても大切なことだと思う。当たり前のはなしなのだが、効率ばかり目指していては、底が浅くて、たかが知れているのである。学生諸君には、そこに気づいて、殻を破って欲しいと思っている(これ、昨年度も同じようなことを書いた記憶が。。。)。ただ、採取成果としては、よかったので、「まあ、これはこれでアリか。。」と自分で納得。

 さて、次年度以降は、更に期待するばかりである。しっかりと頑張った学生には充実感を持ってくれれば嬉しい限り。さて、怒涛の年度末が続いていくのです。はい。(TM)

 

課題:「 街と,その不確かな壁 それを,通り抜ける,イス 」

【課題概要】

今年度の課題は大変だ。なぜなら長編小説(しかもかなり長めの)を、読まなければいけないからだ。

作家、村上春樹氏著の『街と、その不確かな壁』が昨年刊行された。

この小説は、ある意味、約 40 年前に書かれた名作『世界の終わりと ハードボイルド・ワンダーランド』の続編(パラレルな別編?!)と言っていい作品であり、村上春樹の集大成的な作品と言えると思う。

いずれにせよ、“不確かな壁”が物語の重要なポイントとなってくると思われる。

この、『街と、その不確かな壁』を読み(できれば、『世界の終わりと ハードボイルド・ワンダーランド』も併せて読んで欲しい(どちらかと言うと、『世界の終わりと ハードボイルド・ワンダーランド』→『街と、その不確かな壁』の順番で読むことをお奨めします)。)、この不確かな壁を通り抜けることをモチーフにイスを提案してください。

斬新で、メッセージ性のある、魅力的な作品を期待しています。

                                                    (水谷俊博)

2025/02/28

長崎大村を巡る

長崎の大村に赴く。

設計事務所のINTERMEDEIAさんにお会いする機会を得て、お忙しい中、同社が設計に携わられた、「ミライ0n図書館」と「D&I大黒屋新社屋」をご案内いただく。非常に丁寧に設計された作品だと、実建築をみながら実感する。

大村は長崎の市街地からも少し距離があるので、また違う文と化が根ざしていることを体感する。環境が素晴らしい場所に、良質な建築が建つ意味を、再認識させてもらえる。

余談ではあるが、INTERMEDEIAさんに武蔵野大学の卒業生のナンリさんが勤務していて、久しぶりに会うことができた。「なんか、長崎にいるのか、どうなのか?分からなくなるよね(笑)。」と不思議な感覚になった。

良い建築に出会えれば、元気になる!

そうです、元気にいきましょう。(TM)

2025/02/27

天神の景

 福岡に赴く。

 福岡在住の佐藤総合時代の同期(今はお互いかつての前職を離れている)であるイソちゃんに会うことができた。3年振りくらいになるかな。

 折角、ということで福岡の天神にある、「河庄」(設計:吉村順三)が今月いっぱいで解体
(再開発)されて閉業されるということなので、最後の勇姿をこの目におさめよう、ということで赴く。

 老朽化した建築がなくなっていくのは避けられない事ではあるが、やはり一つの時代が終わっていくのは、そこはかとない寂しさを感じさせる。

 食事をした後、2階の座敷部をお店の方に拝見させていただきながら、今までのお店の歴史等の話を聞く。それぞれの建築に文化がある、合掌。(TM)

2025/02/26

北九州市美術館

 西日本方面に来たので、北九州市立美術館(設計:磯崎新)に赴く。やっと、観ることができた!、というのが実感。

 これまで、福岡方面に来るたびに幾度となく観に行こうとしたのが、いつも美術館の展示替えのタイミングとバッティングしてしまい、今回ついに初訪問となった。丁度、磯崎新の展示をしており、初期の磯崎作品の世界観にどっぷりと浸ることができた。

 建築自体は、初期磯崎建築の傑作の最右翼と言っていいだろう。非常に骨太に丁寧につくられている。個人的には、これと双璧なのが、群馬県近美なのだが、年表をみていて、北九州市美と群馬近美が同じ年に竣工(!)(1974年)という事実に改めて気づき(すみません、有名な事実かもですが、今更気づいた次第。。。)、静かに戦慄する。「すげーな。当時の事務所は(多忙の極みで)戦場状態だっただろうなぁ。」と勝手に妄想。

 群馬はズラシていく設計者の意思が感じられるが、北九州は、ある意味正当に(例えば、基本的には構成はシンメトリーだし)ドンと構えて、モダニズムの総決算を表現している、ように感じる。街の中心から、かなり離れているので、その環境が、孤高感を増大させている。いや、いい建築を体感すると元気がでる。(TM)



2025/02/25

卒業設計レビュー@福山

 福山大学に、卒業設計の審査会に招待され、赴く。福山大学には、大学時代の研究室の後輩である、佐藤圭一先生が在籍されているので、審査会に声掛けいただいた次第である。

 卒業設計も大学によって趣きが異なり、今となっては、「せんだい日本一」等の全国共通のイベントが存在する訳だが、ある意味地域性というものは、そこまで画一的なものにはなっていないことを実感。

 今回みせていただいた学生の案には、瀬戸内の島々や海をテーマにした作品が多く、新鮮な視点でみることができた。後は講評の場でも話させていただいたが、非常に現実的な提案が多かったので、「もっと視点をずらせていっても、大丈夫ですよ!そいういう発想の展開も、実際の設計でも大切なので!!」というようなコメントをさせていただく。

 終わった後、学生も交えての懇親会もあり、このあたり同じ研究室出身の同じような空気感を感じられた。佐藤先生、ありがとうございました。

 今日発表した学生さんたちの今後の活躍を期待しています。(TM)

2025/02/24

B.B.会改め、怠け者たちの会

 年度末の様々な所用や行事で、完全にやられている。例年ながら、体力も限界。。。と、いう訳で、ブログがまた滞った次第。すんません。もやは、ただの言い訳です。。。

 少し落ち着きを取り戻してきたので、溜まりに溜まったトピックをランダムにUPします。しばらく、毎日ドロップする所存です。。。(できるか?不安ではありますが。。。)

 所用で関西に赴き、久しぶりに大学時代の同級生と邂逅。僕らが在籍していた時代の京大は、最初の1・2回生の教養課程は、工学部のいろいろな学科の学生でクラスに振り分けられていた。ので、建築の人だけでなく、様々な専門分野の友人ができる仕組みになっていた(そう考えるといい時代だったなぁ。)。ある意味、同じ時代を闘い抜いた(そんな大した話ではなく、例えばテスト対策とか、、、、という感じで)間柄なので、今現在も仲がいい。

 今回は、ぴぴ田、ぴぴ山、きのぴた、ザクとひと時を過ごす。会うなり、一気に時間が30数年くらい遡ることができ、学生時代のように杯を交わす。みんな、科学者、クリエイター、トレーダー、医者の世界で活躍していているが、会うと学生時代に引き戻されて、アホな話で華が咲く。

 この会、我々は「B.B.会」と名付けているが、これは映画『ブルース・ブラザース』を踊りまくりながら皆で観る、という事を、学生時代ずっとやってきたという事に由来するのだが、近年は『ブルース・ブラザース』を観ることもなく怠けているだけなので、勝手に「怠け者たちの会」と位置づけている。

 この年になってくると、一体、後、何回会えるのだろうか?的な話にもなり、お互いの健闘を称え合う。そして、「次回こそ、『ブルース・ブラザース』を観よう!」と誓い合いながら帰路に就くのである。おそらく、次回も『ブルース・ブラザース』への道は遠いだろう。そこが、「怠け者たち」の為せる業、なのである。(TM)