あっという間に時間が過ぎ、3月もそろそろ終わりに近づき、新年度がスタートする。そして、2018年のプロ野球が開幕してしまう。いやはや。
ちょっと遅くなりましたが、武蔵野大学の水谷研12期生のゼミ生10名が卒業。研究室の会、卒業式、謝恩会も無事執り行われて、ゼミ生からの本当に素敵なプレゼントをいただく。これで1年の疲れも吹っ飛びますね。ありがとうございます。学生諸君は改めて、おめでとう。4月からの新しい世界での活躍を期待したい。
謝恩会では、毎年恒例のパフォーマンス(何故か毎年恒例になってしまっているかは謎なのだが。。。)を、非常勤でお世話になっている建築家の大塚聡さんと熱演。今年も例年通り、卒業式前々日の夜に大塚さんと西荻窪でリハーサルをおこなう(果たして学生はこの苦労が分かっているのか?(別にそこまでしなくていいんだけど、やってしまうのだなぁ。うむ。まあ、しょうがない。)と、例年通り思いながら)、というおまけつき(兎にも角にも大塚先生、ありがとうございました)。しかも今年は10年継続してやってきた演目を、わざわざ変えてくるというチャレンジも敢行し、新鮮だった。昨年も同じことを書いたが、歳を追うごとに中々このプログラムも体力的にきつくなってきている。改めて年度末を噛みしめるのでありました。(TM)

所用で奈良へ赴く。
すさまじい人出に驚きを禁じ得ない。近年、観光客が増えてきたなぁ、と感じていたが、奈良にも京都的な人の波が押し寄せてきているのが肌で感じられる。いや、びっくりだ。特に東大寺の大仏殿はすごい人だかりで、ゆっくり観ているような感じではない。丁度、 お水取りの時期ということで、二月堂も人が多い。
が、自分としては最大のお目当てである、隣の三月堂(法華堂)はどうだろうか、と入堂してみると、なんと、ここには誰もいない!この落差、おそるべし。ゆっくりと不空羂索観音像と対面させていただく。まさに至福の時だ。
建築にしても、中の仏像にしても、東大寺No.1だろう、と思っているのだが、ここはそれ程知られていないらしい(建築自体が小さいので、観光客受けしないのだとうなぁ)。願わくば、この法華堂は、そっと、このままにしておいてして欲しい、と切に願うばかりである。夜は、お水取りのお松明を観て、改めて歴史の奥深さを感じるのでありました。(TM)
年度末ということもありさまざまな事柄がまとめに入っている。
4年生は卒業間近になってきた。
来年度水谷研に配属のメンバーを交え、12期生、13期生、総勢20数名の引継会を吉祥寺にて開催。1学年しか違わないので、さすがに知らない顔はいないと思うが、じっくり話したことない学生同士の関係もあり、我ながら本当にいい機会だと思う。それぞれの学生たちの次年度の活躍(卒業生は社会人ですね)を期待する限りである。
年度末のまとめの一環だが、大学では年度毎に学生の作品集(『Mu』というタイトルの小冊子です)を制作しており、そこに掲載するための文章も現在進行形でバリバリと執筆中。その中で、今年度も巻頭あいさつのテキストを書くことになった。ちょっとフライング気味ですが、2017年度を振り返るということで、全文を以下に掲載させていただきます。
さて、いよいよ来年度へ向けて始動しだす。(TM)
■2017年度『Mu 』はじめに
2017年度(今年度)を振り返ると、今まさに開催されている平昌オリンピック・パラリンピックが大きなニュースだった、と言ってもいいかもしれません。この文章を書いている今も、羽生結弦選手や女子カーリング・チームのニュースでテレビなどは盛り上がっているようです。テレビの影響力も低下しているということが世間では言われていますが、やはり大きなメディアの力を感じずにはいられません。が、ここでは、もっとひそやかなメディアのトピックを紹介したいと思います。FMのラジオ番組で、『サンデー・ソングブック』(TOKYO
FM)という番組があります。ミュージシャンの山下達郎がパパーソナリティを務めていて、音楽番組としてコアなリスナーから絶大な人気のある番組です。その番組が25周年(!)を迎えたということで、雑誌BRUTUS(マガジンハウス発行)が特集を組み、つい先日発売されたのですが、この雑誌の中身も凄まじい充実具合です。
その中の記事で少し感銘を受けたトピックがありました。番組は「最高の選曲と 最高の音質で お送りする」ことにとことんこだわる(by山下達郎)というコンセプトを掲げており、そのこだわりが半端ではないのです。番組で流す音楽のテーマの決定や構成、選曲を全て山下達郎本人が手掛け(ここまでは、よくある話し)、ラジオで聴く際に最適な音圧、音質にするため放送で流す楽曲群の音源を自らリマスタリングして持ち込んでいる、ということなのです。また、収録スタジオの様子も紹介されていますが、流す音源や音楽に関する膨大な資料本などをジュラルミンケースに収納してスタジオに持ち込み、ギブソンJ-160E(アコースティック・ギターのことです)もセッティングしてオンエアした曲のコードを確認したりする徹底ぶりです。番組自体の放送時間は55分なのですが、担当プロデューサーやディレクターのインタビューによると、打ち合わせやハガキ選び(番組へのリクエストはハガキでしか受け付けていないスタイルも特徴的)を含め、1回分を録音するのに約5時間程かかる、とのこと。担当のアシスタント・ディレクターによると、収録が放送日の前日に行われることが多く時間がないため、収録と同時に裏で編集作業をおこなうという特殊なかたちで番組がつくられているということです。
さて最近の学生諸君の動きを見ていて感じることがあります。無駄をすることを嫌がり、できるだけ効率的に立ち回り、成果だけはいいものを獲得しよう、という傾向が見受けることが多くなってきたということです。それが、すべて悪いという訳では決してありませんが、この『サンデー・ソングブック』の取り組みをみると、良質のモノをつくりあげるには、効率等は置いておいて、やはり手間暇をかけなければいけない、ということを感じずにはいられません。設計演習のエスキス・チェックの最終日に、面倒だかから、とか、修正するのが嫌だから、という理由で模型を持ってこない、というのは、やはりダメなんじゃないかなぁ、と思ってしまいます。
この冊子『Mu』も本号でNo.14となり、創刊から14年という計算になりますが、正確にいうと創刊準備号のNo.0がありましたので15年の歳月が経過したということになります。この歳月は、(昨年もこの頁で同じようなあことを書きましたが)時間の蓄積の大きさをある程度充分に感じさせるものだと感じます。そこには濃密な手間暇がかかっていて、その蓄積があって、この冊子が今年度もつくり上げることができた、という思いを禁じえません。
次の2018年度はどんな学生たちの活動が展開するでしょうか?次年度で工学部建築デザイン学科の完成年度を迎えます。学生諸君の更なる奮闘を期待しています。私も「最高の建築と 最高の講義で お送りします」(ハードル高!という感じですが)という精神で精進していきたいと思います。
あくまでも個人的な感覚なのだが、六本木ヒルズができて以降、六本木に違和感を覚えだして、足が向かなくなってしまっている(昔はWAVEとかに行ってたけど。。。)。が、森美術館の展覧会が時折いい企画をするので、どうしても行かざるを得ない。
開催中の『レアンドロ・エルリッヒ展 見ることのリアル』展へ。王道だが素晴らしい展覧会としか言いようがない。作品の一つ一つが質量とも高い水準で、それが一堂に展示される訳なので、もう文句のつけようがない。特に今回はレアンドロ・エルリッヒなので、作新のテーマは分かりやすく、ビジュアルも見栄えが抜群(ある意味インスタ映えバッチリ)である。それにしても来場者に、圧倒的に若い人たち、しかも女性、が多いのには少し驚いた。入場料かなりいいお値段なので、この人手の多さは静かな衝撃だ。そのあたりにアートの力(いや、六本木のパワーなのか?)に感じ入るのでありました。(TM)
武蔵野大学水谷研で設計、施工をした、仮設木造建築作品、『Colors-アーチの森2017-』が雑誌「建築と社会」2017年2月号に掲載されました。
学生にとってもこういう風にメディアに掲載されると、励みになってモチベーションもあがっていく。今後の活動も乞うご期待。(TM)
川崎市民ミュージアムで開催中の、『MJ’s FESみうらじゅんフェス!マイブームの全貌展 SINCE1958』展を観る。まったく個人的な感想だが、世の中にはごく少数の本物の天才というのがいる、と思っているのだが、みうらじゅんは本当の天才だと思う。そんな思いを確認させられる展覧会。
本人のコメントにもあるが、展覧会のキモは「展示されるその数」のおびただしさと、「一体、この展覧会は何なのか?」と感じさせるそのコンテンツである。そして展示が醸し出す雰囲気は、あくまでもユルい。会場(構成)のいい意味での中途半端さも、いい感じが出ていて素晴らしい。
「誰からも頼まれることのない仕事」をまったくの自分だけの世界観でかたちづくるというのが、アートの神髄だと痛烈に感じさせられるし、継続こそ最も大切なこと、と改めてつくづくと認識させられる。やはり天才だ、と頷いてみる。(TM)
2泊3日で萩、津和野方面へ赴く。もちろん建築も観る訳だが、その主なラインナップは、萩市民館、萩市役所(設計:共に菊竹清訓)、山口県立萩美術館(設計:丹下健三)、明倫学舎、秋吉台国際芸術村(設計:磯崎新)、秋芳洞、津和野森鴎外記念館(設計:宮本忠長)、中原中也記念館(設計:プランツアソシエイツ)、という感じ。
中でも萩市民館はやはり素晴らしいと思った。築50年が経過しているが、きれいなかたちで施設は稼働をしており、RCの躯体に乗るシンボリックでマッシヴな白い屋根がかたちづくる場所は本当にすがすがしく気持ちが良い。施設の方にお聞きしたところ、さすがに現在のソフトには対応ができなくなってきているところもあるようだが、非常に建物に対する愛を持たれながら施設管理をされている様子を伺えて感銘を受けた。モダニズム建築が次々となくなっていく流れは残念ながら押し寄せてくる気配も禁じ得ないが、いいかたちで、いい建築が利用されていくのを望むばかりである。(TM)