写真は、家の近くにある団地が工事中になり、できた場所。
工事用の仮囲いがあるだけだが。。。「う~む、アートや。。」、と唸ってしまう(しかも、かすかな笑い込みで)。
なかなか両サイドに仮囲いが建つ状況というのがないので、そこがまず特徴的な所である。
そして工事業者はおそらく(というか、絶対)狙ってつくった訳ではないだろうが、絶妙なプロポーションで通路のような空間が形成されている。そして、まっさらで真っ白に、艶っとしたテクスチャーが、その特異さを際立たせる役目を果たしている。
更に、その仮囲いの頭越しに、年季の入った団地群が顔を出している風情がまた、いい。
まさに、現代アートも顔負け、、、とは、ちと言い過ぎだろうか。
意図しないモノ(しかも、何てことないネタでつくられたモノ)が意図したモノ(しかも、上質な素材でつくられたモノ)を凌駕する、ということは、ままあるが、そこがアノニマス(詠み人知らず)なデザインの面白いところ。何気ない身近なところで、ちょっとした発見があるのもオツなものです。はい。(TM)
Blurの新譜を遅ればせながら入手。
まさか、復活するとは思ってなかったが、12年振りのアルバム。そしてフル・メンバーとしては(前作はギターのグレアム・コクソンが脱退したため)なんと16年振りのアルバム。デーモン・アルバーンが着実にクオリティの高い活動をしているので、「もう、そんなに時間経ったのねぇ。。」と、また時の流れを感じさせられる。
それ程、日本国内では話題になってないような気がするが(気のせいかな)、アルバムの出来は素晴らしい。僕個人的には上半期ベスト3に入っている。デーモンの多様で骨太なフレームとグレアムの繊細で多彩なディテールが見事に融合されているのが嬉しいところ。
それにしてもアルバムのジャケットがチャイニーズ仕様(?)になっていて、Blurを中国語訳すると、「模糊」という事実に、妙に納得。“Bluring
Architecture”(建築家、伊東豊雄氏)のように、境界を曖昧にしていくことは建築の設計においてもキーワードになっていたこともあり、現在進行形でもさまざまなかたちで、この“blur”という概念に取り組んでいる(の、ではないかと、勝手に思っている)。
でも、これからは、“blur”というよりは、“模糊”の方がしっくりくるかもしれないなぁ、と妄想。
さて、模糊とした建築を目指して、まずはBlurを聴いてみようでは、ありませんか。(TM)
朝日新聞の『美の器-展示空間の戦後』というコーナーで、アーツ前橋が掲載されました。戦後、コンバージョンにより美術館に生れ変った建築の特集で、アーツ前橋と並列に記事になっているのが、倉敷市立美術館。ちなみに倉敷美は市庁舎からコンバージョンされたもので原設計が丹下健三によるもので改修が浦辺鎮太郎。倉敷と同列に語られるという意味でもアーツ前橋は事業プログラム自体が非常に特徴的と言えるだろう。記事は、朝日新聞の大西若人さんにより、丁寧に解説されています。(TM)
大学の研究室(布野研)の後輩、ツクちゃんが急遽来校。
彼は関西でまちづくり関連の仕事に従事しているが、最近の地域活性化へ向けた取り組みに関して四方山話&情報交換。実習棟で学生が妻有に向けて猛然と作業をしている傍らで、小一時間程。関西のいろいろな動向を聞きながら、こちらもアーツ前橋の話や、現在取り組んでいる武蔵野市の諸々の話をする。
ツクちゃんは関西で豊中や寝屋川の業務に携わっていた時に、いろいろお手伝いをしてもらった。あの頃は、ツクちゃんはまだ院生だったから、ほんとに今昔の感に堪えない。
さて、妻有の作業を眺めながら、二人して、微力ながら地域づくりへの一翼を担っていこう、とエールを送りあいながら別れる。
そうですね。志は前向いて行かねばです。はい。(TM)
突然、何故かトーキング・ヘッズのベスト盤を無性に聴きたくなる。トーキング・ヘッズはアナログLP含め有名なとこ(『Remain in Light』とか)を3枚程持っているが、何となくベスト盤で一気に聴きたくなった次第。が、我が家のCD棚を探すが見つからず。昔、誰かに貸して無くなってしまったのか。。。仕方がないのでアマゾンで検索したら日本盤は廃番になっている!何と、トーキング・ヘッズのベストももうないのか、と若干、茫然。そんな訳で、中古品を注文。2枚組の体裁が懐かしい。もうこの太い(厚い?)形式のCD盤はなくなったよね。場所はかさばるけど、何となくこの量感がいい。時代を感じる。
時代を感じるつながりで、みかけによらず、実は僕はモノ持ちがいい方だと(本当に勝手に)思っている。大学2回生の時にティエリー・ミュグレーのシャツを手に入れて、ずっと大事に着てきていた訳だが、最近かなり汚してしまい、もうかなり着込んできたこともあったので手放すことにする。それにしても、冷静に考えると、25年も着ていたのか!と改めて気づく。何と、自分の人生の半分以上。。。

そんな思いに耽りながら、トーキング・ヘッズの“Road To Nowhere”を聴く。名曲だ。この「Nowhere」の意味をどう捉えるかがポイントで若い頃は仲間内でアレコレと議論していた。でも、若かりし頃と曲から感じ取れるイメージが随分変わってきたなぁ、と実感。昔は何気なく“どこでもない場所”と抒情的に訳してたが、歳をとると、“人生”と感じずにはいられない。。。
時は流れておりまする。(TM)
大学関係の打ちあわせで、大学時代からの盟友、建築家の増谷高根さんが来校。後期からの授業に参画していただく予定なので、授業の概要や学生の状況などを、有明キャンパスにて、みっちりと打ち合わせをさせていただく。
打合せ後、既に日がとっぷりと暮れてしまったので、お互いの帰路途中である渋谷にて下車し、鮮魚酒屋で一献。渋谷は若者のまちというパブリック・イメージが大きいが、いわゆる盛り場のような場所(店)もたくさんあり、我々、オヤジの年代もすっぽりとおさまるような所が、よく見ていけばあちこちにある。
ちなみに増谷さんも関西出身なので、久しぶりに関西テイストな夜。お互い歳をとってきたこともあり、話題は、家族(特に親の老後の課題)、健康、等の話題になり、更に、この前のポール・マッカートニーの来日の件、そして、やはり何故かいつものことだが、我々の学生時代の四方山話に花が咲く。
普段学生に様々な局面で指導をしているが、自分の学生時代をふり返ると、かなり「?」(疑問符)がつくことが多々思い返される。いやはや、まぁ、でも時代は繰り返されるということだ。学生たちも成長していくことだろう。。。
店を出て、店のお土産にもらった五目おにぎりを頬張りながら駅に向かい歩いていると、さすがに渋谷らしい、ということになるのかもしれないが、ヤンキー系イケメンの黒服の青年に声をかけられる。したたか良い気分(?)ということもあり、何故かその若者にスナップ写真を撮ってもらう。ヤンキー黒服君はちょっと面食らったようだが、パシャリとしてくれた。「まだ、世界のコミュニケーションはブレイクダウンしていないよなぁ。」、とちょっと勘違いな方向性でオヤジ二人で納得しながら、夜の渋谷を後にする。まったく成長していないオヤジ二人組。そんな空気感もつつむ大らかな雑多さが、「さすが」と感じた渋谷の夜の街でありました。(TM)
アーツ前橋の住友文彦館長よりお知らせをいただき、アーツ前橋のグッズとして、『絹飴』というお菓子をつくり、販売を始めたとのこと。
前橋市は絹の街ということもあり、シルクパウダーが入ったキャンディである。「食べるとやさしくお口に広がる。」という謳い文句が素敵ではありませんか。
パッケージも趣向が凝らされており、繭のような形態の紙の容器に、アーツ前橋のファサードデザインの特徴的なパンチングの丸をモチーフとしたデザインがなされている。館長によると、「やっと、建築デザインとリンクした新しい館オリジナルのグッズをつくれた。」とのこと。
アーツ前橋にお越しの際は、ぜひお一ついかがでしょうか。(TM)