2016/10/26

ビーチボーイズのいえ

 武蔵野大学3年生の後期、設計演習(授業名:空間造形4の第1課題の講評会を開催。この授業は、僕を含め5名の建築家の先生と一緒に運営する、スタジオ制の設計演習。
 水谷スタジオでは例年、第1課題ではスーパースター(ロック・アーティスト)の家シリーズの課題を提示する。もうこれも12年目に突入。非常にコンセプチャルな課題で、学生にとっては非常に難しいと思うけど、頭をグルングルンさせ普段とはまったくちがう脳味噌の使い方をして思い切り頑張って欲しい、と例年思っている。

 今年度は4月にブライアン・ウィルソンが来日した(当ブログ2016/4/13を参照ください)ということもあり、「ビーチ・ボーイズ」(!)とした。おそらく学生は誰も全く知らない課題ネタ(まあ、例年そうなんだけど。。)となり、独りよがりにアツくなりながら、履修希望者が果たしているのか?と不安に駆られながら授業に臨んでいった。約3週間の短いスパンだが履修者5名が課題に取り組み、55様のそれぞれ面白い提案が完成した。
 基本的に正解(らしきものも含む)がない課題なので、学生も困惑するが、講評する教員もいつもと違う所に頭をもっていかなければいけないので、講評会はいろいろな先生方の意見が聞けて、こちらとしても面白い。何となく世の流れから外れたものをつくりづらい世の中になっているので、こういうのも大切だよね、と、完全に自己満足(及び、自己弁護(!))しながら講評も無事に終了。
 さて、課題全文を下記に流します。写真は第1課題の打ち上げ&第2課題決起会@吉祥寺ハモニカ横丁。学生諸君には第2課題も健闘を期待します。(TM)

■課題:「The Beach Boys のいえ」
「スーパースターの家」シリーズの第12弾の課題は、「ビーチ・ボーイズ」である。一般的には、62年にデビューして以来、何度かの浮き沈みはありながらも半世紀にも及び、西海岸の青い空と海、サーフィンといった健康的でポップなイメージを軽快なリズムと美しいコーラスにより、アメリカを代表するバンドとして知られている。最高傑作と誉れ高い『ペットサウンズ』以後も80年代後半に映画『カクテル』の主題歌「ココモ」が全米1位の大ヒットを記録するなど、現在にいたるまで、メンバー間の分裂などを経ながらも活動が継続している。今年、4月にオリジナル・メンバーのブライアン・ウィルソンが奇跡の来日公演をおこなったことも記憶に新しい。
オリジナル・メンバーは、ブライアン・ウィルソン(vo, b) (key)、カール・ウィルソン(vo, g)、デニス・ウィルソン(vo, ds)の三兄弟に、いとこのマイク・ラヴ(vo, )、幼馴染のアル・ジャーディン(vo, g)5人のファミリーグループで結成。60年代前半には唯一ビートルズをはじめとするブリティッシュ・インベージョンに対抗できるアメリカのバンドとしてヒット曲を連発し、ヒッピー・ムーブメントの時代になっても、リーダーの天才、ブライアン・ウィルソンによって生み出された66年の『ペット・サウンズ』や、代表作である全米No.1ソングの「グッド・バイブレーション」といった革新的な楽曲により、その後の長きに渡り評価を受けることになる。
現在のロック史上においては、アルバム『ペット・サウンズ』はロック音楽にとっての独立記念日のようなものだった[1]、とみなされている。現在までに総計900万枚以上を売り上げ、ロックの歴史を変える名盤となった。しかし、それまでのハッピーなビーチ・ボーイズの音楽イメージを覆すこのアルバムは、発売当初はファンはおろか、ブライアン以外のメンバーからさえも不評や戸惑いを呼び、ブライアン・ウィルソン自身がパラノイヤに陥り、ビーチ・ボーイズ自体も崩壊へと流れていくことになる。時はビートルズの『ラバー・ソウル』が出て、この『ペット・サウンズ』が出て、この後、再びビートルズの『S.P.L.H.C.B[2]』が出て、さらにビーチ・ボーイズ(ブライアン・ウィルソン)が『スマイル』(完成せず)を創ろうとしていた時代。言い換えれば、「コンセプトアルバム」という概念が確立された時代である。そして、2000年代に入りブライアン・ウィルソンは長い低迷(空白)期を経て、復活を果たしていく。
もともとこの課題のオリジナルは『わがスーパースターのたちのいえ』[3]というコンペの課題である。今年度は、その『スーパースター』をどうとらえられるかということを、アメリカ・バンド史上を代表するスーパースター、ビーチ・ボーイズの存在を冠して考えてもらいたい。   
課題へ取り組む糸口は、数多ある。『ペット・サウンズ』という音楽、ブライアン・ウィルソンの人生、コーラスやハーモニーのあり方、ビートルズとの相関関係、60年代~現在という時代性、各々のメンバーや楽曲群、歌詞、等など。
課題は、例年通りの前置になってしまうが、様々な社会性や文化性を持ったバンド(今も一応、現役)、ビーチ・ボーイズという音楽グループの住まいを設計することではない。音楽という世界を通して創造をしているビーチ・ボーイズの拠り所としての概念(→空間)はどのようなかたちで表現することができるのか、時間や空間を超えた構想力豊かな提案を期待している。

[1] 音楽評論家、デヴィッド・リーフによる。(ジム・フリージ著『ペット・サウンズ』の翻訳版より)
[2] 『サージェント・ペーパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』。ジム・フリージ著『ペット・サウンズ』の翻訳版の中で翻訳を担当した村上春樹氏が、『ペット・サウンズ』と『S.P.L.H.C.B』との比較を訳者あと書きで適切に表現している。
[3] 1975年の新建築の住宅設計競技の課題。『わがスーパースターのたちのいえ』。審査委員長は磯崎新。そしてその結果はほとんどが、海外の提案者が上位をしめた。磯崎はその審査評で「日本の建築教育の惨状を想う」というタイトルで、日本人提案のあまりの硬直化した状況を嘆いている。さらに相田武文が「犯されたい審査員を犯すこともできなかった応募者」という講評をおこなっている。今で言うところの「草食系」である日本人建築家の提案の惨状をみて「磯崎が新建築コンペにとどめを刺した」と評している。