今年度は初めて授業が有明キャンパス拠点になったので、今までにない舞台背景が用意されていることになるので、こちらとしても楽しみだ。訳が分からないままながら、学生の演じるクオリティも年々向上しているようで、観ているこちらも興味深かった。
劇をおこなうという行為は(あくまでド素人演技だが)、身体性というものと切り離せないものがあり、それを体感することによる様々な意味でのコミュニケーション行為というものは、現在のネットやSNSの範囲でしか繋がらないように思える状況を打ち破るきっかけを有していると思う。そして、実際演じる行為にたどり着くまで、みんなでシナリオを考えたり、舞台セットのようなもの(小道具)を準備したりする行為が付随する訳で、このプロセスも非常に身体性ということも含めた意味があるものだと思っている。
そして、その先に空間というものがあり、ひいては環境(スケールの大小を含めた)というものがあり、それを直に体感できるものではないかと思う。「だからこそ非常に意味があるのだよ、学生諸君!」と言いたいところだが、そこの所は、学生がいつの日か思い当たってくれたらいいなぁ、と思っている。まあ、10年先とか20年先でもいいんだけどね。
さて、お台場のスケール感の均衡がとれなくなるような場とも相まって、劇は非常にスペーシーな展開を魅せてくれていた。有明の地の魅力も、もしかしたら奥深いのかもしれない。(TM)